ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

「敗者の経験」

 今日は短く。
 将棋を「スポーツ」に分類するのが適当かどうかわかりませんが、ロシア語では、チェスをするのと野球などのスポーツをするのは同じ動詞です(英語も同じくplayですね)。でも、将棋は他の多くのスポーツとちがって、慣例上「参りました」とか「負けました」と公言して、対局(試合)を終えるところが、潔いというか、清々しい一面があるように思います。自分の「敗北」を認めること。どんな形にせよ、これができない人は美学がなく、無粋で醜悪な感じです。

 WBCでベネズエラが米国に勝って、アメリカは前回に続きまたまた準優勝に終わりました。1月のベネズエラ侵攻のバチが当たって、神様が米国を勝たせなかったのか(いくら何でもベネズエラ国民の対米不信を宥めるために、米国が八百長で負けたってこともないでしょうし 笑)――この米国の敗北には何か示唆的なものを感じます。

 おととい、トランプ政権でテロ対策のトップを務めるジョー・ケント氏が、Ⅹ(ツイッター)で国家テロ対策センター(NCTC)の所長を辞任する意向を表明しました。米国とイスラエルによる対イラン攻撃を、自分の「良心に照らして支持できない」としています。AFPの記事からの引用です。
米テロ対策トップ、イラン攻撃に抗議し辞任 トランプ氏はイスラエルに「欺かれた」 写真2枚 国際ニュース:AFPBB News
米テロ対策トップがイラン戦争に抗議辞任 トランプ氏に「方針転換」求める - BBCニュース

【3月18日 AFP】米国家テロ対策センター(NCTC)のジョー・ケント所長(45)は17日、米イスラエルによる対イラン軍事作戦に抗議して辞任を表明し、「米国にとってイランは差し迫った脅威ではない」と述べた。
 ケント氏はX(旧ツイッター)で公開したドナルド・トランプ大統領宛ての辞表で、「良心に照らして、イランで進行中の戦争を支持できない」と述べた。
 陸軍特殊部隊「グリーンベレー」出身で戦闘任務を複数回経験したケント氏は、「わが国にとってイランは差し迫った脅威ではなく、この戦争はイスラエルと同国の米国内での強力なロビー活動からの圧力によって始められたことは明らかだ」と述べた。
 トランプ氏によってNCTC所長に任命されたケント氏は、イラン攻撃に抗議して辞任を表明した初の米政権高官。……
……ケント氏の妻、シャノンさんも米軍所属で、2019年にシリアで自爆テロによって命を落とした。
 「イスラエルが引き起こした戦争で愛する妻シャノンを失った戦死者の夫として、米国民に何の利益ももたらさず、米国民の命を犠牲にする大義もない戦争に、次世代を送り込み、死なせることを支持できない」とケント氏は記した。
……ケント氏はトランプ氏に宛てた辞表で、「あなたは2025年6月まで、中東での戦争が、米国から愛国者の尊い命を奪い、わが国の富と繁栄を枯渇させるわなであることを理解していたはずだ」と主張し、「イスラエルの高官と影響力のある米メディア関係者」が、「イランとの戦争を促すために開戦機運をあおる」偽情報キャンペーンを行ったと非難。
「この情報操作は、米国にとってイランが差し迫った脅威であり、今すぐ攻撃すべきだとあなた(トランプ氏)を欺くために利用された」「これはうそであり、イスラエルがわれわれ米国民を悲惨なイラク戦争に引きずり込むために用いたのと同じ戦術だ」と付け加えた。

 これはトランプ政権にとっては衝撃的です。早速ケント氏には「反ユダヤ主義」との罵詈雑言が浴びせられ、「火消し」がはかられていますが、もし、政権中枢にこれに続くような動きが現れでもしたら、米国民のあいだからも懐疑や非難の声が上がり、それは止まらなくなるかもしれません。放送大学の高橋和夫名誉教授は、イランは絶対に「降伏」しないでしょう、と言っていましたが、イランは徹底抗戦の構えを崩しておらず、ホルムズ海峡の「封鎖」状態を維持して持久戦に持ち込めば、世界中から米国非難の声が上がると見込んでいます。トランプ政権は苦境に立たされています。戦いが長引けば長引くほど米国には不利です。どこかの段階で幕引きをしないともたないでしょう。スキャンダル隠しと国民の目くらましのために始めたこの戦争で、政権はとてつもない「痛手」を被ることになりそうです(我々にも今後ますます「痛い」思いが待っています)。

 ベトナム戦争でベトナムに対して「参りました」と言わなかったこと(1995年にクリントン政権が外交関係を正常化するまで、ベトナムは米国にとって敵国でした)、それゆえに米国が国民全体として反省する機会を逸したことが、米国の歴史の負の遺産となり、その延長上に今の戦争があるように思います。アフガニスタンもそうでした。イラクもそうでした。武力介入自体が短期間で終わったので、目立ちませんが(でも死者が出ているのは厳然たる事実です)、今年のベネズエラへの侵攻もそうです。トランプ政権では露骨にそれが現れています。
 
 明日未明には日米首脳会談が行われるそうですが、トランプ大統領は高市首相にどんな「無茶ぶり」をし、それに日本側はどんな「回答」をするのか。高市首相もトランプ同様「敗北」を認める美学のない人だと思いますが、今から40年以上も前に亡くなった社会思想史家の良知力さんは、「敗者の経験」についてこんなことを書いています。「敗者」となること、「敗北」を認めることは大事なことだと思います。

 現実にはたえず敗れながらも物事の底に沈むことによって一つの可能的世界へ向けて想像力を飛躍させることができ、敗者の経験をとおして認識の幅のある寛容な理性をわがものとすることができる。……
            (『藤田省三著作集8 戦後精神の経験Ⅱ』、510頁)

 トランプ大統領の場合はまず「失敗」を認めてからです。

 

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