銅銭をめぐる中国と日本の相互関係を中心に、おもしろい「史実」がいろいろと書かれています。
銅銭の主たる素材はもちろん銅ですが、錫とか亜鉛とかを混ぜないと硬くならないので、人の手を介しているうちにすぐに表面の刻字が擦れてつぶれてしまうんだそうです(今で言えば、レアアースを入れた金属が硬くなるのと同じことでしょうか)。なかなか鉱脈が見つからず錫を確保できなかった日本では、長いこと、質のよい銅銭が造れなかった。だから、中国から銅銭(宋銭)を買ってくる(輸入する)わけですが、おもしろいのは、この銅銭、決して貨幣として流通させる目的で輸入していたわけでもなかったのです。どういうことかというと、奈良の大仏さま。その金属組成は銅が90%らしいのですが、鎌倉の大仏は銅67%・錫8%・鉛24%で、これは宋銭(元豊通宝)の金属組成とほとんど一致します。つまり、奈良の大仏は、現存のものは江戸時代に再々鋳造されたものらしいので、おそらく「純国産」でしょうけれど、中世期に造られた鎌倉の大仏は、輸入した中国の銅銭を溶かして鋳造したものと考えられ、中世期の13C日本でさかんに鋳造された大仏やお寺の梵鐘などの原材料は、おおむね中国銅銭だったと見てよいようです。
中国から日本に入ってきた宋銭はこののち、日本の重要な通貨となっていくわけですが、もうひとつ興味深かったのは、古銭としての宋銭の流通量が減って希少価値が出てくると、中国でも日本でも、私鋳が盛んに行われて、模造通貨が出回るようになる。もちろんあまりに質が悪いのは排除されるにしても、まずまず許せる範囲の私鋳銭ならば、普通に流通して末端の取引きで使われたということです。今だったら通貨偽造罪で厳罰でしょうけれど(笑)、通貨の額面価値と製造コストが見合わないからか(今1円玉の製造コストは3.1円だそうですが)、銅などの原材料が大量に確保できないだけでなく、政府に鋳造貨幣をつくる意志が希薄だったからか、勝手に貨幣を造ってもいいという時代がこの日本にあったのです(もちろん「撰銭(えりぜに)」で、良貨と悪貨は分別されていたようで、銅銭にもランク付けがあったようですが)。
国家権力が強靭に見える今の時代から見ると、何と牧歌的で自由奔放な時代であったろうかと思えます。国家というのは基本的に統制の及ばない無政府状態を嫌うものでしょうけれど、中世期の日本列島に生きていた人たちにとって、貨幣価値の裏付けは国家権力ではなく、民衆同士の相互承認であり、それを国家は追認せざるを得なかったというのが実態に近かったように思えます。
筆者の黒田さんは、あとがきで、こう書いています。
本書は中世東アジアを主たる対象にしているが、1000万人前後の人々が住む日本列島において数百年間、私的な取引も公的な収支もともに異邦の小額通貨に依存していたという現象は、世界史的に見ても、そして貨幣論的見地からも、きわめて興味深いものである。後者に関わって中世東アジアが示しているのは、売り買いをする自由のある人々がある程度の規模で集まれば、租税を賦課する権力の介在なしに、貨幣は自生しうる、ということである。彼らの間で媒介手段として認知されてしまえば、それ自体の素材価値は二の次の問題となる。そうするとさまざまな貨幣たちが併存することになるが、競合併存する貨幣たちが自然と統合されていくことはない。
(黒田、212頁)
貨幣の「競合併存」について、黒田さんは、別のところでこう述べています。
……お金と一口に言っても、お金の働き方には、物を交換する機能や、物の価値を測る尺度、価値を蓄えていく手段といった多面性があります。私達は、それらの働きがいわば三位一体で一つのお金でなされなくてはいけないし、その一つのお金ですます範囲が広がると便利だと思い込んでいます(例えばヨーロッパのユーロのように)。けれども僕は、場合によってはそれらの機能たちが別々のもので担われていてもよいのではないか、むしろそちらの方が、長い目で見たり大きな視点で考えたら合理的なのではないか、ということを歴史的な視点から考えているんです。
例えば、日本では円というただひとつの通貨が流通しています。ですが国境地帯などに行けばいろいろなお金が使われていますね。南米のボリビアのような国では普通の買い物は現地のペソを使用していても、ちょっと大きな物を買うときはアメリカのドルを使用したりするようです。そういったお金同士の棲み分けは現在でもありうるんですが、実はお金の棲み分けというのは人類の歴史を通してずっと多数派なんです。実際、120~130年前まで、人類の9割くらいは様々な多くのお金を使い分けていたんです。
ところが現在、我々は「お金は一つ」だと思っており、この考え方は今の政治経済学での大前提となっています。でも、その考え方は非常に限られた条件下でしか通用しないんですね。……
僕は、社会の仕組みの捉え方において根本的な「ボタンの掛け違い」があると考えているんです。
現在の貨幣に対する考え方は、「お金は一つ」という前提から成立しています。その起源としてヨーロッパの研究者の間でよく言及されるのが、アリストテレスの分業論です。それは、貨幣は物と物の交換があって必要になるけれども、物の交換は、農民と農民との間では存在しない。異なる職業である農民と医者との間に成立するということを前提としています。
でもそれは、本当は間違っているんですよ。例えば、医者だって自分の手術は他の医者に頼みますよね(笑)。伝統的な農村の市場を考えてみて下さい。そこで売られている物は、主にその地域で作られた穀物や衣料品ですが、それらをその同じ地域の農民が買っているんです。これは、穀物を作る人と衣料品を作る人が分かれているからではありません。どういうことかと言うと、人間の活動は多面的ですから、一つの物だけを作っているわけじゃありませんし、いろんな時期があります。例えば、同じように米と綿花を作っている農民が二人いても、片方が米が足らず綿花が余っている、片方が米が余って綿花が足りない、という事態になれば、交換しますよね?そうやって実際に市場が立つんです。
「一人一職業」という社会モデルを前提にして社会を考えているから、社会の根本の捉え方のレベルで「ボタンの掛け違い」が生じてくるんですよ。人格と仕事を一致させた分業論から社会を考えるのではなく、人間の活動の多面性の中から分業が始まるのだ、と考えるべきです。象徴的に言えば、「財と財の交換」ではなく「時間と時間の交換」を根本に考えると、社会の仕組みの捉え方も全く違ってくるのではないかと考えています。
東京大学東洋文化研究所
こういう本を読むと、人間が元々もっていたはずの自治や自助の力の大きさに思いが至ります。権力の源泉は本来そこにあるのでしょう。
[黒田明伸『歴史の中の貨幣』岩波新書 2025年3月刊 215頁]
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