昨日は葬儀が2件ありました。あまり詳しくは書けませんが、77歳と90歳の方でした。ともに昭和生まれですが、77歳の方は戦後の生まれ。90歳の方は戦争が終わったときには10歳ですから、戦中・戦後のこの国の「空気」を知っていたはずです。
日本史研究者の吉見義明さんが書いた『焼け跡からのデモクラシー』は、戦中・戦後を生きた庶民の日記や公文書の類を丹念に読んで、当時の民衆意識をまとめた労作です。力点は戦後にありますが、東京大空襲や沖縄戦の渦中におかれた人々がどんな思いでいたのかもつぶさに書かれています。逐一引用はしませんが、家族や隣人を空襲や地上戦により突然奪われた人の悲しみや虚脱感は想像するに余りあります。誰に何と言われようと、戦争は二度とごめんだと思うのは当然のことと思われます。
同時に、どうしてこんなことになってしまったのか、真面目に考えなければならないという思いから、戦後の「解放感」の中で、本を読んだり、講演を聞きにいったり、人と討論したりと、世の中や政治のありかたを(もちろん時と相手は選ぶにしても)今よりも自由闊達に人に話し、日記にしるす様子が描かれています。これは「題材」とされる人たちが、もともとそういう人たちだったという評価もできますが、廃墟から身を立て、生活していかなければならなかった多くの人たちにとって、日常と政治がクロスするのは当たり前で、全体として政治の話をタブー視するような雰囲気はなかったと思うのです。
とはいえ、戦争が終わって時代が変わったといっても、人々の意識が一変するわけではありません。たとえば、女性の「参政権」が話題になると、「女のくせに」と感じる人もいたことでしょう。中には「さんせいけんは山梨県の隣ですか」とか、「女性にとって今日痛切な問題は選挙よりも食うことである」などと揶揄・批判する(たぶん)男の声が上がったようです(吉見、同上書・下、56頁)。こうした世間の偏見や圧力を受けても、ひるまなかった女性たちについて、吉見さんはこう書いています。
……このようなからかいや批判に対して、女性たちは自己主張をはじめていった。評論家、生田花世は、町村の婦人会に出かけていって講演をくりかえしていたが、人民が主力になったこと、米英ソがいまだ武力行使にキュウキュウしている時に日本はそれをやめたこと、「女性が人格をみとめられ、生存及び生活についての各部門の協議に女性の心を投入し得る」ようになったことなどの戦後の変化を数え上げていくと、女性たちの顔はいつしか煌々として輝くようになる、と語っている(「婦人層の健全な動き」『女性と社会』社会公論者・東京都、1946年6月号ゲラ)。
小説家、野上弥生子は、封建制度のもとで、婦人であることは「一種の炊事具であり、分娩器」であるにすぎなかったのが、はじめて一人前の人間に復活したわけで、「まことに結構な、この上ない悦び」だとのべている。そして、戦争中に軍国主義的な婦人会に参加したのと変わらないような、当世風の、お祭り騒ぎの女性政治運動ではなく、黙々と台所で働きながらも、「正しい政治的批判」精神を持ち、投票場に行けばそれを行動に移せる女性たちの方が実践的だ、と家事労働にいそしむ主婦の政治的成長をみようとした(「生活と叡智 若き友へ」『女性改造』1947年2・3月号)。
長野県横鳥村の女子青年団員、杉山慶子は、憲法で両性の平等が明記されたことを知り、「身分も同等になり私共でも正しい道でさいあれば、小さくなっておらなく[て]もよいなんて、夢のようにうれしい」とのべている。そして男子が「あのあま生いきだ」と低い声で陰口をいうのを聞いて「大きい声で言う男らしい男ならまだ話せると思ったが、かへって同情してやった」と誇らしく記している(「男女同権」『横鳥時報』横鳥男女青年団・長野県横鳥村、1947年5月号)。
このような女性たちの自己主張の結果、「近頃は青年団の会でも男性の方が独善的じゃなくなり、万事女性に相談してきめるようになり、結構だと思います」(一関青年会・黒沢尻青年連盟、黒沢ちえ)、30代の男性はまだ「なあんだ女の癖に」という意識があるが、20代の若い男性は「男女同権もわかり、女性の権威も認めてくれます」(及川連子)という変化が生まれていた(女子青年座談会「いかに人生を生きるか」『新岩手婦人』新岩手婦人社・盛岡市、1946年12月号)。
(吉見、同書、57-59頁)
TVの報道によると、高市首相は若い世代に絶大な人気があるそうです。まあ、安倍元首相はともかく、菅・岸田・石破と続いた三代の総理大臣に比べれば、斬新なイメージがあるし、何といってもこの国では初の女性の総理大臣で、「ガラスの天井」を突き破った先駆者。そう考えれば、若い人の眼に、光り輝く存在に映るかもしれません。
しかし、男女同権、女性の権利向上の歴史を考えるとき、この「輝き」はくすんでいきます。高市首相は選択的夫婦別姓制度導入には反対で、銀行口座やカードなどで名義変更の必要がなければ大丈夫だろう式に、問題を実用面に矮小化し(それでも難儀は解消されませんが)、氏名が自己意識の大切な要件であることを理解しません。生まれてから死ぬまで自分の姓は自身のものとして断絶されたくないと(思わない人は別にいいのです)思う女性たちにとって、男性の小生が言うのも変ですけど、高市首相は「女性の敵」でしょう。
TVを見ていると、若い女性の中にも、高市に手を振り、声援を送る人がたくさんいます(だからといって、自民党や自民党候補に投票するかどうかはわかりませんが)。彼女たちは、高市の考えを知ってか知らずか、自分は結婚したら姓名を変えるつもりだ(あるいはすでに変えている)から、別にいいってことなのでしょうか。でも、自分はよくても、それでは嫌だな、何とかならないかな、と感じる隣人がいることを知ったら、どうでしょう。少し立ち止まって、そういう人たちに思いを寄せてくれないものかと思います。高市に手を振る人たちがみんな選択夫婦別姓に関心がなく、そんなことに不便や不合理を感じるのはおかしいと、共感的に考えられない人ばかりではないと思います。あるいは高市ムードにかき消されて、この問題がそのままというのは、先々を考えると、残念で非常に危ういと思います。夫婦同姓を法律で義務付けている国は日本だけで、国連の女性差別撤廃委員会から是正を勧告され続けているのですから。
学校に勤めていたまだ30代の頃でしたが、定年間近の先生から「あなたは明日死ぬと思って生きてないだろう」と言われ、ぎょっとしたことがありました。もちろん、言った本人も明日生きていないような、何か病気や事情を抱えていたわけではなかったのでしょうけれど、実際に自分も老齢になってみると、何かあれば自分の番かなとは思うことはありますし、葬儀に出たりするといつもそう思います。それだけに一日一日を大切に、という気持ちが強くなりますし、言い残さずに書いておこうという思いが余計増えていくようです。
もうこの先生もお亡くなりになりましたが、後で聞いたら、ガンジーの名言*がかっこよかったから言ってみただけ、と言われて、なーんだ、と笑い合ったのでした。でも、ありがとうという気持ちは変わりません。合掌。
*Live as if you were to die tomorrow. Learn as if you were to live forever.(明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ)
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