ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

「ここに用水路を通すばい」 中村哲さん追悼

 今朝9:00のアフガニスタンの首都カーブル(カブール)の気温は、調べてみると3℃くらい。12月としては平年並みに近いようです。6年前も同じくらいだったかどうかはわかりませんが、朝、関東近辺の明日の天気と気温の予報を見ていたら、気温だけはそんなに変わらない感じがしました。
 アフガニスタンで医療や井戸・用水路建設などに取り組みながら、2019年12月4日に非業の死を遂げた中村哲さん。明日は亡くなってからちょうど6年になります。中村さん自身はクリスチャンなので、「七周忌」は変ですが、ちょうど身内の法事と重なったこともあって、あれからもう6年になるのかと思いました。明日、熊本では「しのぶ集会」もあるそうです。
[熊本県]中村哲さんしのぶ 熊本市であす集会|【西日本新聞me】

 6年前、中村さんの亡骸が福岡空港に着いたとき、それ相応の立場の政府関係者が誰も迎えに立たなかったことを知って、強い衝撃を覚えました。いくら何でも、誰か一人くらい来てしかるべきだろうし、政府内でも、どうしようかと相談くらいはしたことでしょう。けれど、誰かの意思(判断)により「いいよ、行かなくて」という話になったということなのでしょう。これは、2001年10月の衆議院テロ対策特別委員会で参考人に呼ばれた中村さんが、「自衛隊派遣は有害無益」と発言したり、9条改憲に一貫して反対していたことと関係があるのかもしれません。何せ、(順番はその後ですが)安保法制に反対意見をもつ学者を学術会議のメンバーから外そうとする政府です。「公平」のために一応書いておきますと、政府はその後中村さんに勲章(旭日小綬章)と内閣総理大臣感謝状を授与することを決め、当時の安倍首相が直接遺族に手渡しています。世論の反感を買うのは得策でないと(後から気づいて)、「便乗」というか「軌道修正」したというところでしょうか。

 毎日新聞のおととい月曜のコラムで下桐実雅子(しもぎり みかこ)さんが、中村さんの著作を数多く手がけた「石風社」の福元満治さんの話の一部を紹介して書いています。
月議:一隅を照らした人=下桐実雅子 | 毎日新聞

……中村さんはもともと、パキスタンとアフガンの貧困層を診療していた。それが00年の大干ばつを機に井戸を掘り、用水路を切り開くようになったのは、病の背景に水と食糧の不足があると思い至ったからだ。「百の診療所より一本の用水路を」「生きておれ。病はあとで治す」が合言葉だった。
 土地改良に必要な土木工学の知識は、独学で得た。江戸時代の工法を手本に、広大で流れが急な河川にせきを設け、安定的な取水により緑豊かな農地を開発・復元させた。現地の人との共同作業だった。その功績で日本の土木学会の技術賞を受賞したこともある。
 福元さんは中村さんを「戦略的な楽天家」と表現する。戦火のアフガンに水を引くなんて無謀なようだが、「ガチガチに干上がった畑を見ながら『ここに用水路を通すばい』と言った時、私には見えていなかった緑の大地が、中村さんには見えていた」と振り返る。
 4日は七回忌の命日だ。「後継者は用水路」との言葉を残したそうだが、育った技術者やスタッフらがその思いを受け継いでいる。事業は日本の人たちの寄付に支えられている。
 中村さんの座右の銘は「一隅(いちぐう)を照らす」。自分が置かれた場所で最善を尽くす、という意味だ。広い世界から見れば、一隅なのかもしれない。でも思索と実践で成し遂げたことの尊さ、偉大さは、今も色あせない。

 何度も書いているように、日本の政治家や著名人が「失策」を繰り返しても、日本人への信頼が維持されているとしたら、それは中村さんのような人や彼を支える人たちの善意のおかげなのだと思います。
 どうか安らかに。合掌。



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