ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

上野千鶴子と高市早苗

 こんなタイトルを付けたのは、必ずしも二人を比較したいわけではありません。一方は社会学者、他方は政治家にして現首相。年齢も一回りほどちがい、二人のあいだに著名な女性であること以外の共通点も接点も見出せません。しかし、今朝の毎日新聞に上野さんのインタヴューをもとにした記事があって、読んでいるうちに高市首相のことが思い浮かんだのです。
 これは個人的な印象に過ぎませんが、上野さんは1990年代の初めくらいまでは、かなり「尖んがった」フェミニズム研究者に見えました。それは、まだ3、40代で若かったせいもあるかもしれません。1993年に東大に招かれてから「東大ブランドの力」を思い知ることになったと話していますが、以後?認知度、世間に対する「影響力」とも格段に上がります。でも、「ブランド」に染まって保守化・権威化したかというと、そういうわけではなく、2019年の東大の入学式では、あの有名になった祝辞で、今朝の記事と重なることを新入生に述べています。以下、引用です。
平成31年度東京大学学部入学式 祝辞 | 東京大学

……あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。ですが、冒頭で不正入試*に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと...たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。
*東京医科大の不正入試。得点操作により女子学生や浪人生を不利に扱っていたことが発覚。
あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。女性学を生んだのはフェミニズムという女性運動ですが、フェミニズムはけっして女も男のようにふるまいたいとか、弱者が強者になりたいという思想ではありません。フェミニズムは弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想です。……

 同趣旨ですが、記事の方は、もう少し歴史と社会への視点をともなう内容です。
私の記念碑:社会学者 上野千鶴子さん/下 芽吹いた女の連帯、次世代に | 毎日新聞

……00年代の小泉政権以降、加速したネオリベラリズム新自由主義)の改革……。「ネオリベの原理は自己決定・自己責任。頑張れば報われる、報われないのはあなたの努力と能力が足りないせいという考え方が定着しました。女の世界にも」。結果、分断は深まった。「どんな世界にもわずかな成功者がいる。そのわずかなエリートは『私にできたことが、どうしてあなたにできないの?』と言う」
 上野さんがそうならずにすんだのは、女性学を学び、頑張っても報われなかった女たちがいることを知っていたからだ。女を抑圧する理不尽な構造が社会にはある。「私の世代で高学歴な女はレアですが、その中でも就職できず、結婚して妻になって一生を非常勤で過ごした女はいっぱいいる。時代の波に乗れた私は出世頭と言われるけど、そういう女たちと紙一重の差だって本当に思うの」……
 この20年でネオリベの原理がいよいよ浸透し、ジェンダー格差のみならず「女女格差」が拡大してきたと懸念する。「自己決定・自己責任だと女は連帯できない。エリート女ほど、私が報われないないのは私のせいと考え、女だからとは認めたくないから」。それでも「パーソナル・イズ・ポリティカル(個人的なことは政治的なこと)は真実です」。女が互いに経験を話し合えば私だけじゃないと思える。それが「#MeToo運動」になり、「フラワーデモ」になった。上野さん世代がまいた種は確かに育っている。……

 「女女格差」――「南南問題」に似て、「女」や「南」で一つにまとまれば、「男」にも「北」にも脅威のはずが、「内部対立=内輪もめ」状態にしておけば、特権のある側は安泰=安心――そうした構図が見えます。高市首相が「女性の代表」ではなく、むしろ「女女格差」を象徴する存在だとすれば、男性優位の日本の政治むらにとっては何の怖さもないわけです。

 毎日新聞世論調査(11月22・23日実施)によると、高市内閣の支持率は65%(不支持23%)で若い世代ほど支持率が高いとのこと。首相になることが政治家の「頂点」だとすれば、これは「成功例」には違いありません。高市自身、「働いて、働いて……」という発言に現れていますが、おそらくは今の自らの立場は努力と研鑽の賜物と自負しているでしょう。その意味で、自己決定・自己責任のネオリベ思想を体現しているのが高市首相でもあります。高市内閣を支持する人々の間にも、少なくない人々にこうした考え方が共感的に響いているかもしれません。でも、成功や失敗をすべて自己責任(個人の責任)に帰するのは、はっきり言って、まちがいだと思います。

 学校で働いていた頃とちがって、「若い世代」と接触することもなく、世代意識を肌で感じる機会がなくなりましたが、もし、本ブログを目にする「奇特」な若い人がいるのならば、ぜひ、2019年(平成31年)の上野さんの祝辞をもう一度読み直してみてほしい気がします。年寄りの繰り言ですが。

……あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください(by 上野千鶴子)。



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