東日本の震災と福島の原発事故から今年で14年が過ぎました。まだ帰還困難区域が残り、原発の事故処理も終わっていません。「傷跡」が癒えぬ多くの人々をそのままに、時間だけが過ぎた状況がなお厳然としてあります。しかるに政府とその関係者は、「福島の復興なくして東北の復興なし、東北の復興なくして日本の再生なし」などとずっと言い続けています。数日前には高市首相もそう言いました。
【速報】高市総理「東北の復興なくして、日本の再生なし」 政府が復興推進会議開催(TBS NEWS DIG Powered by JNN) - Yahoo!ニュース
こう言っては何ですが、政府はこのお題目を、「拉致問題の解決は内閣の最優先課題(岸田・石破内閣では「最重要」課題!)」と同様、念仏のごとくずっと言い続けているわけです。日朝首脳会談の後、拉致被害者の数名が帰国してから23年。同じレベルの話とはいえないものの、類推するに、おそらく政府は、来年も、再来年も、この文言をこのままずっと繰り返していくでしょう(何をもって「復興」に区切りがついたと言えるのか、よくわかりませんが、東電は溶け落ちた燃料デブリを回収すると言っています。そんな作業はほぼ永久に終わる見込みがありません)。端的に言えば、我々は幻想にもならない幻想をふりまかれ、「いつまでに」と問えば、「まだ道半ば」という呪いの一言で済まされているわけです。
しかし、もし、本当に福島の復興なくして、日本の「再生」がありえないのだとすれば、実際問題として「彼ら」は「日本の再生」など(とうの昔に)諦めている、というか、眼中にないのではないか。より厳しく(正確に)言うのなら、優先すべきは国の「再生」より、自分たちの利益の「再生」であって、もし、国の「再生」があるとしたら、それは自分たちの利益に付随する限りでの話――小生には、シナリオの方向はそういうことではないかと思えます。
一昨日新潟県の花角知事が柏崎刈羽原発再稼働を容認するとの発言が報道されました。原発再稼働に関する新潟県の県民意識調査によれば、再稼働の条件が整っていないとする回答が60%に上った一方、再稼働容認が50%、反対が47%と拮抗していて、県民世論はなお原発再稼働には懐疑的です。これで知事が原発再稼働にGoサインを出すのは無理があるでしょう。このように意見が割れている中で、どうしても「民意」にもとづいて、というのなら、県民投票を実施するしかないのではないか。
まず第一に、東京電力(東電)はこれまでの経緯からして原子力発電を担う企業組織として信用に値するのかという大問題があります(事故後「国営化」して、一から立て直すべきだったのではないでしょうか)。龍谷大学の大島堅一氏はこう言っていますが、新潟県の人たちにもおそらく同じ思いの人が少なくないと思われます。
ミニ論点:新潟・柏崎刈羽、再稼働へ 拓殖大国際学部教授・佐藤丙午氏/龍谷大政策学部教授・大島堅一氏 | 毎日新聞
東電の「原発を動かす適格性」に疑問 大島堅一・龍谷大教授 | 毎日新聞
東京電力は福島第1原発事故に限らず、不祥事を何度も起こしてきた。2002年には原発の点検記録の虚偽記載が発覚、07年の中越沖地震では火災や放射性物質を含む水漏れなどトラブルが頻発した。福島原発の事故後も柏崎刈羽原発でテロ対策の不備が相次ぎ、事実上の運転禁止命令を受けた。過去の教訓を生かせない東電は体質に問題があり、原発を動かす適格性があると思えない。
福島原発はまだ事故分析の最中にある。原因分析が進まなければ、十分な対策がとれているとは言えない。事故の直後、政府や東電が再稼働させる方針を表明できただろうか。14年がたち、事故の責任が軽視されているのではないか。
新潟県の県民意識調査にも東電への不信感は表れ、「どちらかといえば」も含めると、「東電が柏崎刈羽原発を運転することが心配」は7割に上った。実効性のある避難計画があるとはいえず、住民にとっての安全性は確保されていない。再稼働に県民の同意が得られているかは疑問だ。
もうひとつ言えば、もし、日本がどうしても原子力発電がないと立ち行かない国であり、原発が今後大事故を起こすことなく、その意味で「安全」だとするならば、なぜ、東京(首都圏)の電力を新潟や福島(といった遠方)の発電所に求めるのか、という根本的な疑問に、政府や東電は合理的に答えられないということです。
どこにも引き取り手のない放射能汚染土(除染土)を(ほんの微量)首相官邸前に持ってきて、国民に「安全」と「気概?」をアピールするのなら、官邸前や国会議事堂前に原発をつくるべきという声があってもおかしくありません。「海に近くないと排水が難しい」というような言い訳をするなら、東京湾岸域でも可能なはずです。そうすれば、送電線を新潟や福島から長々と延ばす必要もありません。「なぜ、東京の電力需要を満たすために、うちらが住む遠方で発電しなければならないのか」――新潟県や福島県の人々には抜きがたい疑問があることでしょう。
沖縄の米軍基地もよく似ていますが、こういう都合のよいごり押しと、詳しくは省きますが、金でケリをつけるという手法の常套(というか蔓延)、そして、「国のため」とか言いながら、実は「国」を喰いものにして、自己都合や自己利害を優先する本音――これに慣らされる(馴らされる)ことは、国民一般の情感を傷つけ、倫理感を劣化させ、虚無感で覆う少なくない要因になっていると思います。
⇩よろしければクリックしていただけると大変はげみになります。

社会・経済ランキング
![]()
にほんブログ村
にほんブログ村