ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

事件報道に思うこと

 今日はごく短く。
 最近TVで連日報道されているニュースが2件あると思うのですが、1つは各地で出没を続けるクマのこと。毎日毎日よくもまあ、と思うくらい住宅地や市街地に姿を現しています。ある種の個体はもう山に帰らず、人里に住み着いているのではないかと思えるほどです。秋田県は、ことの適否はさておき、自衛隊の派遣を要請する事態になっています。専門家が指摘するように、山でどんぐりの類が不作のため、食料不足で人里に下りてくるとすれば、向こうも生きるため、子どもを守るために必死なのでしょうし、あるいは、もし、野生動物に平気で餌を与えていた過去の人間の所業にも原因があるとしたら、(個々人はともかく)社会全体としては「自業自得」の面があるかもしれません。ただ、連日ケガ人や死人が続くとなると、「駆除」というのもやむを得ないかもしれません。釈然としないというか、気持ちの晴れる話ではありませんが。

 もう1つは(こちらが本論ですが)26年前に名古屋で起きた殺人事件の犯人が逮捕された件です。容疑者が逮捕されたのは10月31日ですから、昨日で毎日1週間。他の殺人事件の犯人逮捕の報道と比べても、ちょっと異様な長さです。そこには、容疑者が被害女性の夫の高校時代の同級生で、夫に好意を寄せていたらしいという、ゴシップ好きな世間の興味関心や詮索心理を刺激する面があるからでしょう。たとえば、昨日の新聞広告で見た週刊新潮の見出しは「26年目に逮捕された〇〇容疑者の異様な執着心」、週刊文春は「〇〇(容疑者名)“狂気の恋”」となっていて、いかにも扇動的なタイトルです。調べていませんが、他の週刊誌やスポーツ紙の類も大差ないのではと思います。

 テレビでこのニュースを眺めていて感じたのは、放送局は(相変わらず)自らの報道がバッシング(誹謗中傷)の原因をつくるかもしれないことに極めて無頓着で配慮(反省)が足りないということです(好意的な言い方です)。一昨日の夜、NHKのニュースでは、容疑者の家宅捜索の映像が放映されていましたが、まず、遠くから容疑者の自宅の正面全景がほぼ映るかたちで映像が始まり、門の表札(容疑者の苗字)をはっきりと映し出したあと、捜査員が家の中へ入っていく様子を見せていました。他局のニュースも同様でしたので、NHKだけが特別ではないようですが、自宅の正面全景や表札をことさら映し出す必要があるのか疑問です。一連の映像から、近隣の住民はもちろんのこと、事件に縁もゆかりもない人であっても、「その気」になれば容疑者の自宅を特定できるだけの視覚情報を提供した可能性が十分あります。続きは、あまり書きたくありませんが、過去の事例からは(事後に)好ましからざる光景を目にすることが多々ありました。同じことになることを危惧します。

 容疑者の人権を云々すると、犯罪者には人権などないかのような情緒的反応がわき上がりがちです。しかし、法律上、そんなことはありませんし(意識というか精神がともなっていない人がいるだけです)、百歩(いや、一億歩かそれ以上!)譲ったとしても、容疑者の家族や縁者は事件とはまったく無関係でしょう。週刊誌には早速容疑者の家族の情報が上がっているようですが、これは甚だしい人権侵害です。こんなことを容認していたら、犯罪者を出した一族は全員犯罪者扱いしてよいということになりかねません。逮捕された容疑者は、自分が捕まったら家族に迷惑がかかることをずっと気にしていたようですが、メディアは、自らの報道がやり方次第で誹謗中傷の「犬笛」を吹くことになるという自覚を欠いていると思います(これも「好意的」な言い方であって、別様に言えば、「悪意」があってやっているなら「自覚」してやっていることになります)。容疑者の顔写真や顔映像を表に出すことへの異様なまでの執着も含めて、ジャーナリズムは事件報道のあり方を根源から見直すべきです。起こらないで済む(済んだ)はずの「悲劇」を派生させ、繰り返さないためにも。




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