ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

マムダニの勝利と政治潮流の変化

 注目されていたニューヨークの市長選挙は、民主党候補のゾーラン・マムダニ氏の勝利が確実となりました。日本では当確の「ゼロ打ち」というのがありますが、マムダニ氏の場合は35分で当確が出たそうです。市議会議員を2期務めていたとはいえ、当初は支持率1%程度だったという、いわば「無名」の候補を、短期間で一気に押し上げた市民の支持(原動力)は何なのか。また、マムダニ氏の勝利が今後の民主党の選挙戦略にどう影響するのか。関心をよぶ論点がいくつもありそうです。
NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショックの行方は?|ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト
【コラム】マムダニ氏勝利、民主党に意味するものとは-D.ドラッカー - Bloomberg

 トランプ関税の効果で物価の上昇が続く米国。特に都市住民から悲鳴が上がる中、マムダニ氏が訴えていたのが、いわゆる「左派」的な政策です。「大企業・富裕層への課税強化」「家賃の凍結」「食品スーパーの公営化」「市内バスの無料化」……というラインナップを見ると、個人的には、いくつかは実現できてもすべては「無理」かなあと思えますが、昨晩のNHKクローズアップ現代」を眺めていると、昨年の大統領選でトランプに票を投じた人々が今回はマムダニ支持に回っているわけで、「選挙は水もの」というか、「ポピュリズムのうつろい」というか、いずれにしても、世論は(短期間で)左右に大きく揺れ動くようです。
 また、同日に行われたヴァージニア州ニュージャージー州の知事選でも民主党候補が勝利しているので、来年に中間選挙を控えたトランプ共和党には黄色信号点滅ですが、ことはそれほど単純なのか。まず、民主党はおそらくマムダニの方法を「勝利の方程式」にはできないでしょう。実際、マムダニが「左派」だとすれば、ヴァージニア州ニュージャージー州で勝利した民主党候補はいずれも「中道」でした。どちらに比重をおくべきか。都市と地方でこれを使い分けようとすれば、共和党陣営から「矛盾」や「二枚舌」を突かれるのは確実です。今後の選挙戦略を練っていく民主党にとって、これは「また裂き」というか、悩ましい問題でしょう。

 マムダニ氏の当選で個人的に一番期待したいのは、米国がイスラエルを擁護してきたこれまでの政治潮流の変化です。彼は勝利演説で「腐敗した文化に終止符をうつ」と言いました。これは直接的にはトランプのような億万長者が減税を悪用して税逃れをしていることを批判したものです。「ノブレス・オブリュージュ」という語は貴族的で嫌な言葉ですが、それでも、アメリカだろうが日本だろうが、どこの国でも関係なく、社会的地位の高い人は相応に社会的な責任を果たす義務があると思います。
「腐敗の文化に終止符を打つ」民主党・マムダニ候補 NY市長選で当選確実に(2025年11月5日掲載)|日テレNEWS NNN
「腐敗」という点では、小生には、無法な占拠と人殺しを続けて恥じることのないイスラエルを擁護し続ける悪辣さ、それを批判する声を金と暴力によって封じ込めようとするトランプ政権を支持する人々にも、「アメリカの(道徳的)腐敗」が感じられます。

 シーア派イスラム教徒であるマムダニ氏にとって、米国のイスラエル擁護は看過できないでしょう。イスラム研究者の宮田律(おさむ)さんは、6月、市長選の民主党予備選でマムダニ氏が勝利したのを受けて、ブログにこう書いています。引用をお許しください。
米国政治の新しい潮流 ―民主党のニューヨーク市長選候補にイスラム系で、イスラエルを非難するゾーラン・マムダニ氏が有力に|宮田律

 パレスチナ問題では、マムダニのイスラエル批判の姿勢は顕著で、イスラエルのガザ戦争をずっと抗議し続けている。トランプ政権が国外追放しようとしているコロンビア大学の反イスラエル学生運動の指導者マフムード・ハリールの釈放を要求し、イスラエル戦争犯罪を非難する。マムダニは、選挙キャンペーンで彼が市長になったら国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状を発行されたイスラエルベンヤミン・ネタニヤフ首相がニューヨーク市に来た際には逮捕するとさえ約束した。一方、クオモは、国際刑事裁判所でネタニヤフの弁護団の一員になることを訴えた。
 ガザでのイスラエルのジェノサイドは、米国内、特に民主党支持者の間でイスラエルに対する支持を急落させ、世論調査では米国人のイスラエルに対して好意的な見方をしている割合は50%を下回っている。イスラエルに好感をもてなくなったのは特に民主党員の間で顕著だ。民主党員は特に指導者たちが高齢だと考え、民主党員の6割余りが自分たちの党には新しい指導者が必要だと考えている。世論調査では多くの民主党員がイスラエルパレスチナ人に対する扱いに嫌悪感を抱いているが、チャック・シューマー、ハキーム・ジェフリーズのような民主党の指導者たちはイスラエルを断固支持する姿勢を鮮明にしている。ガザ問題に関する候補者の姿勢は、候補者たちが信頼に足る人物か、有権者を本当に代表しているかを示すリトマス試験紙となった。クオモはこの問題で有権者を代表することに関心がなく、イスラエル支持を訴えた。
 マムダニはガザでの戦争が始まった直後の23年10月13日、イスラエルの攻撃を非難するデモを行って逮捕されたことがあり、今年5月にはイスラエル建国記念日を祝うニューヨーク市議会決議への賛同の署名を拒否したが、その理由は決議の中に「イスラエルが諸国民の光となるという預言を成就するために、自国、近隣諸国、そして全世界の安全と尊厳をもって平和のために努力し続ける」という文言が含まれていたからだった。5万人以上も殺害するイスラエルのジェノサイドを見れば、マムダニには到底署名することはできなかったのだろう。米国の政界はバーニー・サンダース上院議員の発言にもあるように、政治家たちはAIPACからの献金を望み、AIPACの選挙妨害を怖れ、イスラエルを無条件に支持してきたが、イスラエル国際法に違反しても、またパレスチナ人の人権を侵害しても熱烈にイスラエルを支持する姿勢は米国の不正義とイスラム世界など途上国からは見られてきた。マムダニの民主党の予備選での勝利は、米国政治、あるいは米国民の意識がパレスチナ問題について健全な方向に向かっていることを表すものだ。

 ニューヨーク市民の苦しい暮らしに向けられる視線がガザの人々に向けられないとしたら偽善でしょう。それはアメリカの為政者はおろか国民全体がもたなければならないものだと思います。

 最後に、昨日届いた雑誌『地平』12月号から、カリフォルニア州の大学で教えているジャーナリストで映画監督の大矢英代(はなよ)さんの一文を引用させてください。

 心が折れそうなとき、ふと、思い出す言葉がある。2020年、大統領選を取材した際に、投票所の出入り口でインタビューをしたひとりの有権者の言葉だ。
「米国の民主主義の歴史は、常に上り坂だったわけじゃない。時にはトランプのような権力者が当選して、底まで落ちる。だけど、またみんなで登り始めるんだ。民主主義というのは、ゴールではなくて、高みを目指しつづけること。登り続ける行為自体を民主主義と呼ぶんだと思う」
 激動のトランプ政権発足一年目を振り返りながら、改めて、この言葉を胸に刻んでいる。沈黙してはいけない。今が下り坂ならば、ここから這い上がっていくしかないのだ。

(大矢「抵抗は続く アメリカの大学でこの一年に起きたこと」、『地平』2025年12月号、28頁)




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