昨年ノーベル文学賞を受賞したハンガンさんの新訳『涙の箱』(評論社)を読みました。人の涙をめぐる清らかなストーリーだと思います。帯に「大人のための童話」とありますが、(小中の)子どもが読んでも、それなりに心に響くものがあると思います。情感に分け入った経験があれば、なお胸にしみる感じがします。
小生には「涙」よりも「涙を流す(泣く)」ということ、もっと言えば、「涙をこらえる」ことの意味を考えさせられました。というのは、最後に「純粋な涙」を流す女の子が「涙をこらえる」シーンがあって、話の流れからすると、何となくこの女の子の成長を予感させるのですが、これを「おとな」になることと結びつけようとすると、いや、ちょっと待てよ、と急に我に返ってしまうのです。
「子ども」と「おとな」の二項関係は単純ではありませんが、この国には「もっと『おとな』になれよ」という言い方で、不正や不条理を我慢・隠蔽させる「抑圧文化」があることに思い至ります。もちろん、(一時的な)感情に流されず、いろいろな事情を斟酌するのが「おとな」としてふさわしい振る舞いでしょうけれど、それと不正・不条理に「寛大」になるのはまったく別です。にもかかわらず、「おとな」になるとは「子ども」の純真さを捨て去らないまでも(一時的にせよ)棚上げすることだと「世間」から繰り返し、繰り返し言い含められます。結果、泣く泣く不正を許して、あとで後悔したり、あげくには「脛に傷持つ、同じ穴のムジナ」にされてしまうこともありえます。女の子の「純粋な涙」からはかけ離れていますが、この言わば「社会的な涙」について、逆に考えさせられるのです。
今朝の新聞にはハンガンさんの受賞1年を記念して、ハンガン文学の魅力について語り合うオンラインイベントのトークの記事がありました。司会は堀山明子・棚部秀行両氏、対談者は作家のいとうせいこう氏と出版社クオン代表の金承福(キム・スンボク)氏です。少し長くなりますが引用します。
魂が先にくる「ハン・ガン文学」 いとうせいこうさん×金承福さん | 毎日新聞
いとう (ハンガン作品は)ある意味、テクニカルだけど、それを感じさせないのは魂が先にくるからでしょう。しかも1行に何時間かけたんだろうと思うくらい余計なものが入っていないから、すごく読みやすいし、分かりやすい。読者の頭の中でイメージが広がるところがあります。
金 削って削って文章を推敲すると聞きます。ノーベル賞の授賞理由の一つ、「私的な散文」というのはよく理解できるのでは。
いとう 文章を書くという緊張感や苦しみ、書くことに誠実であろうとする姿が、苦しんでいる主人公に重なり、読者に伝わるところがありますね。
金 ハンさんは最初に詩人としてデビューしたので、「削る」行為はそこに通じるのかもしれません。「ハン・ガン世代」の特徴として、詩人から小説家にいった人が結構多いんです。
いとう 韓国は非常に詩を大事にしてきたし、社会的影響力も大きいですね。詩から詩文へという動きに何か理由はあるんですか。
金 独裁政権時代に全部を語れなかったということなんですね。詩、メタファー(比喩)を使って、批判することが発達するわけです。大学時代に民主化を経験した世代は、詩だけじゃなく自由に散文も書けるようになったんだと思います。
――小説には想像力で読者を巻き込んで、政治的な事件や災害に触れていこうとする力がありますね。
いとう 僕は『想像ラジオ』で、東日本大震災で亡くなった人たちのことを書きました。苦しかったのは、僕も誰を失っていないのに、それを書く権利があるのだろうかということ。しかし非当事者だからこそ書けることがあるのではないか、というのが作家としてのすがりどころで、その中で書いているハンさんは尊敬せざるを得ないんです。
金 『別れを告げない』の訳者の斎藤真理子さんは翻訳の最中に済州島に行って、舞台を歩いたそうです。斎藤さんもハンさんと同じことを感じながら書いたのでは。……
いとう 非当事者が自分を当事者に近づけ、何かを訴えるときに大事なのは詩なんじゃないかとこのごろ思います。当事者と自分を唯一重ね合わせることができる、立場を超える力があるんじゃないかと。ハンさんが詩から始まっているのは必然かもしれませんね。
――韓国ではセウォル号の沈没事故(2014年)をはじめ社会的トラウマに対する作家たちの連帯、読者との共感の広がりが目立ちます。
金 小説家や詩人たちの連帯がものすごく強かったです。セウォル号の沈没事故の時も毎日のように演台に立って朗読をしたりしました。表現者がものを言って、一般市民も声を上げています。生中継で見たセウォル号事件への悲しみや悔しさが、光州や済州島に共通する痛みとしてあるんですね。同時に昨年12月の非常戒厳の時には、一部の軍人たちが「消極的な対応」を取ったことも大きいです。
いとう 『少年が来る』『別れを告げない』があったから、他の国の人間もなぜ弾圧に消極的な軍人が出ているのか、なぜ人が手をつなぎ抵抗するのかよく分かったんですね。小説が見事に機能したとも言えます。
――ノーベル賞の授賞式前の記者会見でもハンさんはこの「消極的な対応」を評価していますし、式にスピーチでは「過去が現在を救えるか」と問いかけました。
いとう 今の社会に文学は何ができるかを考えたときに、ハンさんがやったことを僕たちは見習わないといけない。社会を変えられるか否か以前に、まず社会を描いてやまないこと、人間はどう愚かで、愚かではなかったか。普遍的なところを含めて捉えようとするのが文学だと思います。……
『涙の箱』はハンガンさんが描いてきた「涙」の詰まった「箱」でしょう。人々の「涙」はもとより、自身の「涙」、さらに自身が「こらえた涙」や「こらえきれずに流した涙」も含まれているかもしれません。
日本の作家もその点では同じで、人々と自分の涙を描いてきたと思います。けれども、国情は違いますし、時代も違ってきています。かつては日本の作家が社会運動の中心にいた時代(時期)がありました。それはたぶん作家に限った話ではなく、学者にしろ、芸能人や放送文化人にしろ(おそらくはスポーツ選手も)、どんな職業分類にあたる人でも、今に比べて社会との結びつきや社会的関心がそれなりにあったと思われます。
トークの中でいとうせいこうさんは、「社会を変えられるか否か以前に、まず社会を描いてやまないこと」が大切で、ハンガンさんを見習わなければいけないと述べていますが、その「描き方」が問題です。是非個々の人を孤立させない、連帯を崩さない視点で社会を描いてほしいと思います。ハンガンさんが描いた「涙」にはそれがあると感じました。
[きむ ふな訳、評論社刊、2025年8月、85頁]
<参考> 前回のハンガンさんについての記事
「純粋な涙」――ハンガン『涙の箱』 - ペンは剣よりも強く
