ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

国勢調査・学力テスト・スマホの「病」

 国勢調査の年らしく、先日封筒が届きました。仰々しくもあるこの調査、国として人口統計など基礎資料が必要だと言われると、まあそりゃそうかな、と思いますが、なぜ5年に一度なのか、理由は釈然としません。1920年大正9年)から始まって今年で22回目だそうですが、想像するに、毎年調査するのは大変だし、10年に一度くらいでもいいけど、10年ひと昔で、それだと間隔があいてしまうので、真ん中をとって5年にした、というところではないかと思うのですが。でも、データの中身を考えると、市町村レベルで把握している住民情報を吸い上げれば済むような話なので、昭和の時代ならいざ知らず、時間と金をかけて、今の時代にかような一斉調査を行うことに意味はあるのか。インターネットで回答できるようになったのは時代の反映でしょうけれど、それなら同様に自治体に委任事務名目で報告させればいいわけで(学校でも毎年「学校基本調査」というのを報告してました)、やはりそこには、前例踏襲という、制度として始めたらやめられないとか、命令一下に国民全体を動かしたいとか、情報公開の時代とはいえ、基本的に自分たちは独占的に情報をもっていたいとか(国民には黒塗りで)といった心理、要するに霞が関の「役人根性」が働いているように思うのです。

 去年から本格的に実施された全国学力テストにも似たところがあります。今朝新聞を見ていたら、算数(数学)・国語・英語のスコアが前回2021年に比べて下がったことを「学力低下」ととらえ、その要因を識者が分析する記事がありました。識者の一人も言っていますが、これを単純に「学力低下」ととらえていいのかという問題がありますし、そもそも「学力」とは何かという「大問題」が共通理解には至っていない感じがします。それはさておき、スコアが下がったという「事実」について、耳塚寛明さんはこう述べています。
論点:学力低下の要因は | 毎日新聞
子どもの学力低下は「想定内」 探究学習の陰で軽視された知識・技能 | 毎日新聞

 経年変化分析調査でのスコアの低下には驚いたが、ある程度想定していた。理由としては、学校外での勉強時間が近年減り続けていたことに加え、デジタル環境の影響もあると考えられる。
 デジタル環境では情報への接し方が受動的になる側面がある。交流サイト(SNS)では文章を瞬時に打ち込んで終わり。おそらく言語能力の低下につながる。利用を制限する国もあるが、将来的には今以上に人工知能(AI)などの中で生きることは避けられない。能動的に使いこなす方法を訓練する重要性は大きいだろう。……
……低下の要因は複合的だろうし、現時点ははっきりとはわからない。その上で、推測できるものは複数ある。
 一つはやはり、勉強時間の減少だ。要因としてはデジタルメディアとの接触時間の長さが影響したと思う。……

 
 デジタル端末との接触時間が(以前にくらべて)長くなったかどうかは、別個に検証が必要だと思いますが、普通に考えても、今の子どもたちの多くは、前世紀の子どもたちにはありえなかった「万能具」(勉強も遊びも可能)を手にしているわけで、自制心と強制力が働かなければ、自分で筆記用具を手にもってノートに漢字を書くとか、計算問題を解くとか、古典的というか旧式の勉強はしなくなるような感じはします(先日40代の方に、小学生の息子さんは何をしてますかと訊いたら、毎日ゲームばかりしていると嘆いていましたねぇ)。

 どこぞやの国や自治体ではSNSスマホは子どもに与える影響が大きすぎるからと、法律や条例で利用や使用時間の制限をするところが現れましたが、「文明的な病」だとすれば、これはおそらく子どもだけ規制していてもダメでしょう。
オーストラリア 16歳未満のSNS利用禁止法案 議会上院で可決 Instagram TikTok X Facebook Snapchatなど対象 | NHK | IT・ネット
<1分で解説>スマホ「1日2時間まで」 全国初の条例案 罰則は | 毎日新聞

 今朝の毎日新聞の投書欄にはこんな声もありました。
みんなの広場:「便利」へのほんの少しの抵抗=会社役員・小宮ゆかり・63 | 毎日新聞

 小さなショットバーを営業しているといろんな人が来る。40代の彼は携帯電話を持たない。かつては持っていたが、携帯に頼ってしまい見ないと落ち着かないほど依存していたという。
 ある時に持つのをやめたらそれほど困らないことに気がつき、その上自由が手に入ったと言う。友達からライン等で呼ばれるとつい行ってしまったりしがちだったのが、携帯がないとぶらりと出かけても思った所に行ける。邪魔も入らず過ごせる。緊急なら自宅か職場に連絡をもらえば済むこと。そして先で会った人と過ごす。ゆったりとした生き方に憧れる。
 今では電話もラインもニュースも調べ物もゲームも全て手のひらの中に収まる。便利になったようで何かを失っているような気がする。私は仕事柄持たないわけにはいかない。だから自筆で手紙を書く。思い出せないことをすぐに検索しない。本や新聞は紙で読む。ほんの少し便利への抵抗をしている。

 国勢調査からあらぬ方向に話が進んでしまいましたが、しかし、それぞれに共通項らしきものはありそうで、国勢調査にしても、霞が関のトップが他の国勢調査員と同じように自分で一軒一軒回って必ず情報を集めなければならないという決まりにでもなっていたら、5年に一度の恒例行事化している今の調査のあり方を考え直すと思うのです。他人にやらせて結果だけ報告させるという「便利さ」に安住しているせいで、霞が関も「失っている」ものがあると考えるのは、話のオチとしてはちと強引ですかね(笑)。




 
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