今朝の新聞はどこも石破さんの退陣表明が一面トップでしょう。遅きに失したと思う人、自民党内のお家騒動だと冷ややかに見る人、等々……いろいろだと思います。
そう思いながら、紙面をめくっていくと、参政党が40年前に廃案となったスパイ防止法案を秋の臨時国会に提出する構えであることに対する安田浩一さんのコメントがあります。安田さんはこのスパイ防止法を100年前の治安維持法と類比しています。治安維持法当時の空気は知る由もありませんが、類似する面はかなりありそうです。参政党の「新日本憲法(構想案)」などを見ると、スパイ防止法の趣旨(効果)が問題なのはもちろんのこと、そもそも論として、こういう「素人の集まり」のような人たちに国の法律をつくらせて大丈夫なのかという不安と不信があります。スクーターしか乗ったことがないような人に、いきなり大型バスの運転を任せて、みんなの命を預けるのか――たとえはよくありませんが、そういうことだと思います。
治安維持法施行100年:参政党「スパイ防止法」 安田浩一さんの危機感 治安維持法と明らかに類似 言葉が空疎な「記号」に | 毎日新聞
11面に元朝日新聞の論説委員を務め、定年後バルセロナで豆腐屋を開いた清水建宇(たてお)さんのことを紹介する記事があります(元記事は8月1日付)。これは一服の清涼剤でした。noteにも佐々木恵美さんがインタビューした記事があって興味深く読みました。以下は、インタビュー記事からの引用です。
定年前の実績「役に立たない」元エリート記者、バルセロナで豆腐屋に | 毎日新聞
新聞社を退職後、バルセロナで豆腐屋に。「忙しい人は老け込まない」|フリパラ(フリーランス協会公式note)
……退職して2年後の2010年4月、清水さんはついに豆腐屋を開きました。清水さんが製造、妻が接客を担当し、従業員も雇用。開店日はオープン前から人が並び、順調に人気店となりました。奮闘の日々は、清水さんの著書『バルセロナでも豆腐屋になった』(岩波新書)でも詳しく書かれています。そして11年の月日が流れ、妻のガン治療のため、2021年に夫婦で帰国。豆腐屋は事業承継しました。
大きなチャレンジを振り返ってみて、「リアルな店舗を持ったことで、さまざまな人と知り合うことができて良かった」と清水さん。
「ヨーロッパに1軒しかない本格的な日本式の豆腐屋だったので、ヨーロッパやアフリカ、中近東からもお客さんが来てくれて、店の外でもお付き合いする方々がたくさんできました。通販だったらこんな出会いはないですよね」
また、「日本の若者たちにとても感心した」とも。
「例えば、日本の大手物流会社を辞めた男性が、30歳でバルセロナ初の本格的なラーメン屋を開いて大成功。語学学校に通っていた元CAの女性は、アジア食材店で買った大福もちがマズイことに驚き、自分で作った大福もちを豆腐屋に持ってきました。試食して、これは当たると励ましたら、日本式のカフェを開き繁盛しています。
他にも、日本の京都の珍しい野菜を無農薬で作りたいというご夫婦が来て、私は最初反対したのですが、決意がかたくやり始めて、うちの豆腐屋で販売しました。すると、週1日の入荷日には開店前からお客さんの行列ができる人気ぶり。今は子どもを2人育てながら、多くの高級レストランに野菜を直接卸しています」
なぜ、清水さんはそんな若者たちと出会うのでしょうか。
「バルセロナで商売をしたい日本人が法律事務所に相談したら、『豆腐屋さんで話を聞いてみたら』と紹介されたそうです。蕎麦屋をしたい人、おにぎり屋をしたい母娘なども来たけれど、スペインの建築基準や営業許可について話をすると、二の足を踏むケースも。人生後半で新たな一歩を踏み出すのもいいけれど、実際には若くして海外に羽ばたいているすごい人が大勢いて、元気をもらいました」
新聞記事には、開店から4年目にバルセロナ市役所から表彰され、異文化を代表する店の一つに選ばれたことが書かれています。
……豆腐屋を含む計21の店を紹介したガイドブックも作られ、その表紙にはカタルーニャ語で「新しい、良い」を意味する「NOU i BO」の文字が躍っていた。「バルセロナがなぜね、国際都市として素晴らしいか。これでもって、はっきり僕の頭に焼き付きました。つまり市役所が率先してね、外国のものを表彰する。そういう街で豆腐を作る喜びを改めて教えられた」出来事だった。……
ここには「日本人ファースト」が当たり前と考えて疑わないようなものの見方からは隔絶された世界があると思います。そしてまた、日本の人たちが海外でわりと評判がいいのだとしたら、それはこうした人たちのおかげでしょう。
なぜスパイ防止法に反対するのか、あって当たり前ではないか、そう思うような国にしてはならないと思います。
