ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

「原発脳」と「再エネ脳」

 千葉県の銚子では、沖合に洋上風力発電所を建設し、3年後にも営業運転に入る計画でしたが、先月末、三菱商事は採算が取れないことを理由に、この事業から撤退すると正式に発表しました。事業を前提に周辺環境を整備し、地元漁協などと話をつめてきた銚子市と千葉県にとっては驚愕の発表で、三菱は非難を免れません。三菱側は、資材価格の高騰などで、建設費用が2倍以上に膨らむなどと理由を説明していますが、この撤退が、他地域の洋上風力建設に二の足を踏ませることにならないか。さらに言えば、脱炭素・再生可能エネルギー利用に向けたエネルギー政策の転換、端的には脱原発への悪影響がないのか。深刻な「一撃」になるおそれがないでもありません。

 しかし、採算悪化の話で言えば、これは他の企業も状況に大差はないと思われます。これについては、以下のような記事もありました。
三菱商事、洋上風力撤退の波紋。後発の伊藤忠、丸紅は「コスト織り込み済み」【更新】 | Business Insider Japan

……今回の三菱商事の撤退は、国として進めていこうとしている洋上風力にとって逆風になりかねない。既に経済産業省では、3度目の洋上風力事業の公募が完了。2025年度には4度目の公募が行われる見通しだ。
 総合商社で見れば、2度目以降の入札では他商社陣営も落札している。ここ数年の外部環境の変化の影響を受けるのは、なにも三菱商事だけではない。他陣営では三菱商事同様に、撤退のリスクはないのか。

 丸紅は、既に商業運転している秋田県秋田港及び能代港の洋上風力発電所(約14万kW)に加えて、国の3度目の公募で落札した山形県遊佐町沖の事業(約45万kW)と、NEDO新エネルギー・産業技術総合開発機構)のグリーンイノベーション基金の支援を受けて秋田県南部沖(約3万kW)の洋上風力発電を開発中だ。 
 Business Insider Japanの取材に対して

「山形遊佐洋上風力案件は2024年に応札しており、2021年応札のラウンド1案件と比べて資材・人件費の高騰、為替の影響は公募時に一定程度織り込み済みであり、弊社としては採択された案件の完遂に向けて最大限努力して参ります」(丸紅・広報)
と回答した。

 伊藤忠商事も、国の2度目の公募で、JERA、J-POWER、東北電力らとともに秋田県男鹿市潟上市及び秋田市で31.5万kの洋上風力発電所の事業を落札。建設計画を進めている。
 事業の見通しについて質問すると

「一定のコスト上昇並びに予備費を織り込んだ事業計画を策定している。厳しい環境だが、引き続き選定事業者として、責任をもって事業遂行に取り組んでいきます」(伊藤忠・広報)……

 いずれにしても後釜が決まらないでは、(一方で)政府が推進する(ことになっている)脱炭素・再生可能エネルギー重視の政策にも痛手を与えることになりますが、もしこれと、最近の原発推進(回帰)側の「攻勢」に関係があるとしたら、それはそれで問題だと思います。今朝の新聞には、政府の総合資源エネルギー調査会の委員を務めたことのある橘川武郎さんのインタビュー記事がありました。web上では8月19日付の記事ですが、橘川さんはこう述べています。
とんちんかんな「原発脳」 政府審議会元委員が説く“唯一の活用法” | 毎日新聞

 ――世界も日本も原発に回帰しています。
 大局を見ると全然大した動きではない。
 日本政府や電力業界の論法は非常に単純で、①AIとDX(デジタルトランスフォーメーション)でデータセンターが増える ②だから電力需要がものすごく増える ③だから原発を増やさないといけない――という三段論法だ。
 このうち①→②については、国の電力広域的運営推進機関の見通しを見れば、2030年を過ぎたあたりから電力需要の伸びは止まる。ピークの高さも東京電力福島第1原発事故後の13年より低いくらいだ。
 NTTが開発中の「IOWN(アイオン)」という技術が実用化されれば、データセンターの電力需要も劇的に減るとされる。ただ実際どうなるかは分からないので、半分あっていて、半分疑問が残っている。
 ②→③は全くとんちんかん。日本は18年の第5次エネ基から再生可能エネルギーの主力電源化を掲げている。電力が足りないならまず再エネを議論しなければならないが、政府も電力会社もそこを飛び越えて原子力の議論を先行させている。まさに「原発脳」だ。

 ――米国ではIT大手が原発を脱炭素電源と位置づけて推進しています。
 米IT大手やAI向け半導体大手が原発に向かっているのは事実だが、米国のデータセンターへの電力供給は天然ガス火力が圧倒的で、再エネもかなりの数が動いている。「それでも足りないから原発も」と言っているのであって、一部の動きを針小棒大に語るのは極めてミスリーディングだ。
 また、2月に閣議決定した第7次エネ基で示された電源構成を見ても、再エネは「4~5割」と第6次の「36~38%」から拡大したのに対し、原子力は「2割程度」で従来の「20~22%」をほぼ据え置いた。
 つまり原発は副次電源化が定着し、地盤沈下している。でもそれだけ言うと原発が「終わった」印象になるので、原発推しのリップサービスをしている。再エネを主力電源化したいなら、本来は「再エネ脳」にならないといけない

 ――ただ、再エネには経済性や安定供給の面で課題も指摘されています。
 再エネの中でも地熱や水力は安定電源だ。米IT企業にしても再エネ100%、要するに「ゼロエミッション(温室効果ガス排出量実質ゼロ)の電源で賄う」と言っているのであり、「原発脳」は福島の事故前の古い発想だ。
 そこからくる単純な三段論法を国民に理解させようというのは上から目線で、ばかにするなという話だ。国民は廃炉などバックエンドの問題も気になるし、もちろん安全性も気になる。戦後80年の今、このおかしな状況を変えるタイミングだ。原発推進派からも反対派からも、現状を打開するような建設的なプランが出てこないとおかしい。……

 橘川さんが言うように、②電力需要がものすごく増える → ③だから原発を増やさなければいけない という説明のしかたには飛躍があるというか、とんちんかんというか、結論ありきで強引すぎるのは、多くの人が気づきそうです。これに比べれば、三菱の、採算が合わないから洋上風力から撤退するというのは、「論法」としてはまだまともかもしれませんが、よくよく事情に通じている人からは、企業と政府の単に「やる気」の問題だと切って捨てられるかもしれません(もちろんこれは私的な想像にすぎませんが)。

 福島の原発事故は多くの人にとってはまだ生々しい記憶です。そもそも事故で地下に溶け落ちたデブリを取り出すことなど現実的には不可能なのに、まだできる、やる、と言っている電力会社と政府。その費用は青天井です。その一方で、合言葉のように「原発が安い」と言い張る彼らに、事故の賠償は想定外のようですが、それでよいのか。そんな人たちに、今後電力需要が増えるから原発は増やさないとダメだと言われ、「なるほど、その通りだ」と思う国民が多いのだとしたら、この「とんちんかん」は今後もまだまだ続いていきそうです。何とかしないと……。


 
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