ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

預金通帳を見てアベクロ時代を思い出す

 政策担当者(責任者)というのは、引退というか、別の人に役職を引き継いだあと、どんな心境でいるものでしょうか。短い間に異動を繰り返した人であっても、一時的とはいえ自分が担った部署については、その後どうなっているか全然気にならないこともないと思うのですが、それは小生のように田舎学校の世界しか知らない世間の狭い人間の、ある意味そうあってほしいと思う「願望」なのでしょうか。

 2010年代の第二次安倍政権時代、日銀の総裁を務めた黒田東彦(はるひこ)氏。「アベクロ」の片割れとして、2013年から2023年まで10年以上にわたって異次元金融緩和の舵をとりました。今は政策研究大学院大学の特任教授を務めているようで、メディアでは姿を見かけなくなりました。しかし、昨日、ATMで預金通帳の記帳をして利息の額の桁が増えていることに気づき、改めて黒田総裁の時代が過去になったことを実感しました。しかし、金利アップは、預金者にはありがたくても、融資を受けている側、ローンを組んでいる人たちには大変なことです。金利のない時代に「慣れっこ」になってしまった経済社会に、今後どんな影響が出てくるのか。いや、もっと言えば、金利がないのをいいことに?長期にわたって途方もない財政ファイナンス国債発行)を続けてバラマキ政治を横行させ、国民をこれにも「慣れっこ」にしたツケは重大です。

 黒田日銀の金融政策批判など、今更な感じはありますが、たとえば、日本総研の河村小百合さんは、おととい8月20日付の記事で、(円安の進行に)金利の引き上げや市場介入で対応できなかった(しようとしなかった)黒田日銀は、国際金融界の常識からはかけ離れていたと書いています。
https://gendai.media/articles/-/154771?imp=0

……我が国の場合、この新発国債の発行規模が大きいのもさることながら、他の主要国に比較して、借換債の規模が極端に大きいのです。満期1年以下の短期国債を50兆円規模で発行し続け、毎年、借り換えを平気で続けていると、こういうことになってしまうのです。
 他の主要国は、財政運営を何としても安定的に続けられるようにと、新規国債の発行額をなるべく減らすだけでなく、財政運営に余裕があるときや、危機が過ぎ去って平時に戻った時点で、満期が到来した国債の元本をできるだけ、国民が納める税収を元手に償還して、借換債を発行せずに済ませる努力をしています。
 毎年、国債を発行しなければならない額が少なければ少ないほど、万が一、金融情勢が急変して危機に見舞われても、財政運営上受ける痛手の規模は限定的にとどめられるからです。
 ところが、我が国では、財政運営上、そうした努力は全くできていません。我が国の財政事情の悪さは突出していますが、その“悪さ”の内容は、よく引き合いに出される政府債務残高の規模だけではなく、この毎年の所要資金調達額の規模からも明らかなのです。
 しかも黒田日銀は、あれだけ為替が急落しても、2022年夏から秋にかけての時期、「外国為替相場の動向に影響を及ぼすために金融政策運営を行うことはない」などと言って、2022年12月にイールド・カーブ・コントロールを小幅で微調整するまで、一切、金融政策を動かすことすらありませんでした。
 こうした黒田日銀の姿勢が、IMFが示しているような、「為替急落時にはまず、金利引き上げと介入で対応を試みることが基本」という国際金融界の常識から、いかにかけ離れたものであるかは自明でしょう。
 黒田日銀とすれば、自分たちの金融政策運営も一因となって放漫財政を助長し、円の信認が崩れかけて急激な円安が進んでしまい、その対応のために金融政策を動かさざるを得ない、などとは、プライドにかかわる問題でもあって、とても認めるわけにはいかなかった、ということなのかもしれません。……

 経済学者の河野龍太郎さんも黒田日銀時代を振り返って、こう書いています。『日本経済の死角』(ちくま新書)からの引用です。

……今でこそ、2010年代に高齢者や女性を中心とする安価な大量の労働力を新たに掘り起こしたことについて、政策当局者は、異次元緩和、あるいはアベ政策(アベノミクス)の大きな成果だと誇っています。「安価」というのはとても気にかかるところですが、筆者自身も、人口動態の影響がかなり大きかったとはいえ、高齢者や女性の就業機会が大きく広がったことは、一国全体にとっては、大きな成果だと考えています。「一億総活躍社会」といったスローガンも、多分に社会の変化を後追いした感はありますが、とりあえずはアベ政策の成果の一つと言えるのでしょう。
 しかし、黒田東彦総裁の下、2013年4月に異次元緩和を開始した日本銀行にとって安価な労働力の大量出現は、当時、2%インフレ目標を目指す上で、大きな誤算だったということも、公平に付け加えておく必要があると思われます。というのも、当時の日銀首脳からすれば、労働力不足社会に突入するのなら、2%インフレ達成の短期決戦において、勝算が全くないとは考えていなかったはずだからです。……(当時の円安進展ムード)がインフレを押し上げるといった話以外にも、超・人手不足社会への移行が大きな追い風になると考えられていたわけです。
 つまり団塊世代が2012~2014年に65歳に達すれば、その退職によって、日本国中で深刻な労働力の不足が始まり、賃金上昇が進むため、異次元緩和による高圧経済戦略(経済を強い需要にさらすことで資源活用を促進し失業率を低下させる経済政策)を取れば、2%インフレの早期達成につながると、日銀幹部はもくろんでいたはずです。……
 勝手な想像ですが、金融緩和による円安だけでは無理でも、人手不足社会に突入するから、2%インフレの到達は思いのほか早く訪れるはずですと、就任直後の黒田総裁に日銀幹部が耳打ちする姿が筆者の目に浮かびます。
 しかし、結局、それが強く現れ始めるのは、10年後の2023年春以降であり、10年もの先送りとなったのは、……労働市場に大きな構造変化が生じ、高齢者と女性(や外国人)という安価な労働力のプールが新たに出現したためでした。……日本銀行は……風船を膨らませているつもりが、穴が開いて空気が抜け出している状態(と筆者は当時批判的にとらえていた)……。
……<中略>……
 黒田日銀総裁も2023年3月の退任間際の記者会見で、異次元緩和の成功の証として、日本経済をデフレではない状況にしたことと、就業者数の大幅な増加の二点を挙げていました。
 筆者自身は、異次元緩和が採用されなくとも、それ以前の白川方明(まさあき)総裁時代に採用されていた包括金融緩和の下でも、就業者数の大幅増加は実現していたと考えています。いや、安価な労働力の出現が異次元緩和による高圧経済戦略に躓きをもたらしていたにもかかわらず、それを漫然と10年も続けたために、異次元緩和の最終局面で、超円安を招き、むしろ実質賃金が損なわれるという本末転倒の事態に陥ったのではないでしょうか。

                    (河野、上掲書、136-141頁)

 就任時の抱負か何かで、就業者数の大幅増、特に高齢者の継続雇用と主婦労働について言及しているんだったら、そりゃぁ異次元緩和「成功」の証かも知れませんが、少なくとも2013年の就任時会見の記録を見た限り、そんなことを言ってる風でもありません。そもそも関心がなかったのではないでしょうか。
https://www.boj.or.jp/about/press/kaiken_2013/kk1303e.pdf

 会見で黒田総裁は、2%のインフレ目標の達成は2年くらいを目途にすると言っています。河野さんが上に書いている通り、わりと「楽観視」していた感じがします。さらに付け加えれば、これは副総裁の岩田規久男氏の発言ですが、

 ……2 年くらいで責任をもって達成するとコミットしているわけですが、達成できなかった時に、「自分達のせいではない。他の要因によるものだ」と、あまり言い訳をしないということです。……

 と言っています(笑えますね)。今からすれば、「見通しが間違っておりました。お約束の2年で結果が出せなかったので退場いたします」と言って辞職し、併せて日銀首脳の総入れ替えをすれば、ここまで「傷口」を広げずに済んだはずです。ところが、アベクロの片割れはそんなことは絶対に認めない人でしたし、なにしろ、都合が悪くなると公文書や政府統計の組織的改竄も辞さない人たち(政府)でしたから。で、2年どころかそのまま10年超――懲りずにまだ「異次元緩和」をやろうともくろむ輩がいるんですから驚きです。

 日銀の金融政策の手を縛っている現状を考えれば、アベクロの片割れとして10年以上もの間、総裁の座にあった黒田氏の責任は重大です。これは、今後も言い続けていかなければならないと思います。





 
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