ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

先住民遺骨返還の記事を見て

 横浜の大川原化工機の冤罪事件。昨日警視庁公安部と東京地検は、28日の東京高裁判決を受けて、最高裁への上告を断念し、ようやくこれで、被告の無実と違法捜査の判決が確定しました。これには、第二次安倍政権時代に盛んに叫ばれた「経済安保」に同調、ないし、おそらくは政権の気を惹こうとした関係者によるでっち上げという見方があります。それに賠償金1億6,600万円も看過できる金額ではありません。現下の物価高に苦しむ国民に対し、税金からこのような大金の支出を余儀なくされることをどのように説明するのか。国民に対する背信行為の重大さを、組織体として正面から受け止められるのか……と。

 今日は当初そういうことを書くつもりでいました。しかし、新聞の朝刊を眺めていて、気持ちが変わりました。大川原化工機の問題はそれとして重要ですが、この国の組織体の問題として共通するものがもうひとつ目に入ったのです。

 今朝の毎日新聞・朝刊の1面を見ると、大川原化工機冤罪の記事の隣に、「海外先住民の遺骨返還」と題した記事があり、東京大学京都大学国立科学博物館が学術研究目的で収集・保管してきたオーストラリアやハワイなどの先住民の遺骨を返還。遺骨は約1世紀ぶりに故郷へ戻ることになったという内容です。その事実自体はともかく、最後の文言がひっかかりました。
東大、京大、科博が米豪の先住民遺骨20体を初返還 | 毎日新聞

「……東大は昨年11月、米ハワイの先住民グループとの直接交渉を経て、遺骨10体を返還した。先住民側からは、遺骨の尊厳軽視や過去の経緯への反省のなさを指摘する声が出ているとあるのです。

 どういうことかと思って、次の頁をめくると、こう書いてあります。
「私たちの先祖がなぜ?」 遺骨「ただ返す」を超え得るべきもの | 毎日新聞

 先住民遺骨の返還は、ただ物理的に「返す」だけでよいのか。過去の不適切な収集経緯を検証し、先住民側との和解や新たな関係構築を進める契機にもなりうる。豪政府の要請を受け返還に応じた東京大や京都大は、そうした姿勢を示すことができたのか。 「私たちの先祖がなぜこのようなことになったのか知りたい。遺骨が持ち去られたという1910年代は私の祖父母の時代であり、全くひとごとではない」
 京大から遺骨の返還を受けるオーストラリアの先住民ヤウルのナターシャ・マツモトさんはそう語る。
 マツモトさんはヤウルの人々が多く暮らす豪北西部沿岸の町ブルームの出身。ブルームは真珠産業が盛んで、19世紀後半から多くの日本人が海を渡り移り住んだ。今も日本との関わりは深く、ヤウルと結婚した日本人も少なくない。マツモトさんの祖父も日本人だ。
 10年代、移住した日本人たちは現地に病院を建て、日本人医師を招いた。初代は後に旧京都帝国大(現京大)教授を務めた鈴木正医師。その後も複数の日本人医師が赴任した。
 京大の情報を確認したヤウルによると、ヤウルの遺骨は彼ら日本人医師が持ち帰った可能性が高い。隣接する地域に住む先住民バーディ・ジャウィの遺骨も、同じ頃にブルーム在住の日本人が入手し、その後京大に送られた可能性があるという。
 マツモトさんは「遺骨の名前など詳しい由来も収集記録もない。人ではなくモノとして扱われたことがショックだ」と嘆く。今回の返還にあわせて来日する前、京大に複数回、保管していた場所の見学や対話を求めたが、聞き入れられなかったという。……

……一方、東大は昨年11月、ハワイ先住民の遺骨10体を秘密裏に返還していた。返還交渉に当たった先住民側の団体の男性は、東大から謝罪がなかったばかりか、返還する事実を公表しないよう求められたと証言する。……

……日本の大学や博物館には他にも多くの先住民遺骨があるとされる。今後の返還について、東大と京大は取材に「政府の方針に従う」。国立科学博物館は「適切な相手からの返還には応じる」と答えた。文部科学省は「遺骨を返還するかどうかは大学などの判断による」との立場で、誰も積極的な謝罪や主体的な返還姿勢を見せていない。

 その隣の記事には、東大との返還交渉に当たった団体の代表へのインタビューがあります。そのなかで、この方はこう語っています。
遺骨返還の東大は「最も差別的」 ハワイ先住民が耳を疑った言葉 | 毎日新聞

……私たちが東大に先祖を迎えに行きました。返還式典はなく、私たち自身で先祖を連れて帰るための伝統儀式を行いました。
 驚いたのは、遺骨の不適切な収集など過去の過ちに対する謝罪の言葉が全くなかったことです。東大の対応には、人間の尊厳を尊重する姿勢が見えませんでした。遺骨を人としてではなくモノ、研究対象として扱っています。私はこれまで欧米の大学や博物館から多くの返還を実現してきましたが、最も差別的だと感じました。
 返還について報道機関やハワイのコミュニティーにも秘密にするよう言われ、耳を疑いました。私たちは「返還は良いことだ。東大は日本の顔でもある」と訴えましたが、知られたら大きな問題になると言うのです。とても失礼で差別的な対応だと感じました。

 <望ましい返還のあり方について>人間としての思いやりが一番大事です。それが和解にもつながります。亡くなった後でも、遺骨が人であることは変わりません。誰かの親、誰かの子であり、モノではありません。自分のこととして考え、思いやりを忘れないでほしい。……

 東大は毎日新聞の取材に「ハワイ先住民の遺骨については、関係機関と協議の上で返還を実施した。今後も引き続き、政府方針に基づき対応していく」と回答した。

 大川原化工機の冤罪事件でも、おそらく捜査員の中に「これはまずいんじゃないか」と思った人は一人や二人ではなかったと思われます。この遺骨の返還についても同様で、想像ですが、「きちんと先方に謝罪しないといけないのでは」と思った人は複数名いたはずです。問題はそれを口にできるかどうか、あるいは、口に出した(人ではなく)内容を組織体として受け止められるかどうか――おそらく、この国の場合、経験的に言って、内部的には、まず内容よりも人(人格あるいは品性)の方が意識されることになりがちです(それは外部的には内容の方が先に立ち、場合によってはそれがひとり歩きを始めることが多いゆえに、なのかも知れませんが)。組織のトップやその周りにいる人間の発言ならいざ知らず、そうでなければ、けしからんという話に即決し、発言した人間に対する「報復」へと先走りそうです(実際、兵庫県内部告発問題では、告発者が告発した内容よりも告発者の「品性」や「人格」の問題へとすり替えられ、それゆえに告発内容は信頼に値しないと、告発者に対する「報復」が「正当化」されることになりました)。さらに、内部で「秘匿」されていた問題が、こうしたかたちで世間に明るみになると、大学は大学で「政府の方針に従う」と言い、政府(文科省)は政府で「大学の判断で」と言い、他責ばかりでまったく主体性(責任感)を欠くという相変わらずの体たらくを見せつけます。

 こうした組織体の問題は全国あまねくあることでしょう。身近なところから闘っていかないといけないと思いながら、場面場面で少しはがんばってきたつもりですが、なかなか手強いと改めて思います。まともにものが考えられる時間もそう長くはないと思いますが、書けるうちはまだまだ書くつもりでいますけど(笑)。





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