失言問題で農水相が交代してから、コメの問題は連日の報道で一躍脚光を浴びています。新大臣に就任した小泉進次郎農水相は、備蓄米の競争入札を随意契約に切り替え、月が替わる来週中にも5㌔2,000円で消費者の元に届ける見込みだと宣言しました。備蓄米に限られた話とはいえ、実現すれば喝采を浴びるでしょう。半年以上コメ高に苦しめられてきた庶民にとって、言われているとおりに備蓄米(=古古米と古古古米?って、これじゃ鶏です!)が出回り、米価全体も下がるとなれば、小泉大臣は一躍「救世主」です(それは庶民のみならず、参院選挙を控えた一部自民党議員にとっても)。
しかし、大臣が代わって方針を変更したら、そんなに簡単に米価が下がるんだったら、政府はもっと早くにそうすべきだったのに、何でやらなかったのか、というのが一般の人々が抱く素朴な疑問でしょう。
何はともあれ、米価が下がるんならいいじゃないかとも言えますが、おかげでこのコメの高値を誘導・演出してきた(というか「放置」してニンマリしてきた)「黒幕たち」が炙り出された感じもします。たとえば、今月中旬「(今の米価は)決して高いとは思っておりません」などと、わざわざいらぬ発言をした組織のトップがいました(2011年、福島原発事故のわずか3ヶ月後に、原発は安上がりという内容のテレビCMをわざわざ流した電力会社のことが頭に浮かびました。似たものを感じます)。
加えて、この機に新たに取引に参入しようとする「輩」も出て来ました。これは誰が思いついたのかわかりませんが、就任したての大臣から、消費者にスピーディーに安い米を届けてほしいと協力要請される社長の様子をテレビで流し、「ああ、今度は大手のネット販売会社も契約に参入して、備蓄米が宅配されることになるんだな」と思わせる。なかなか「説得的」な「画」がTVニュースで流されました。このコメ問題に限りませんが、自民党というのはつくづく利権のヒモ付けが見える政党だと思います。小泉氏の方針転換の成否がどうあれ、水面下で蠢く勢力が見えてきます。
「コメは高いとは思っていない」 JA全中の会長“発言の真意”とは?「消費者と生産者が納得できる価格でコメを安定的に供給していくことが何よりも重要だ」 | TBS NEWS DIG (1ページ)
楽天・三木谷会長が小泉農水相と面会 備蓄米「随意契約」参加の意向(2025年5月23日掲載)|日テレNEWS NNN
さしあたってコメの値段が下がったと実感させることは(庶民と自民党参院議員にとって)急務というか最優先事項かもしれませんが、このままもくろみ通りに価格が下がるだろうかという疑問もありますし、それとともに、何か根本的に違うんじゃないかという思いも残ります。キャノングローバル戦略研究所の山下一仁さんはこう書いています。
……備蓄米を一般競争入札で高く落札した業者に販売するのではなく随意契約で安く販売すべきだというのは、小野寺自民党政調会長の発言から端を発したものだ。同氏は、「1万2000円で仕入れた備蓄米を2万2000円でJA農協に販売して利益を得ているのは国であり、しかも落札価格が高いから備蓄米も安く販売できない」と主張した。
しかし、この主張は法律的にも経済学的にも問題がある。
なぜ楽天と随意契約なのか
まず、一般競争入札ではAからZまで応札者がいたとして最も高い価格をビッドしたMに販売する。国も高い価格での販売で利益を得る。
これに対して、随意契約の場合は、はじめから国が対象業者Rを指定する。小泉農水大臣は業者の一つとして楽天に販売することを検討しているようだ。しかし、どのように合理性を説明しても、業者の選定に行政による恣意性が介在する。だから一般競争入札が原則で、随意契約は一般競争入札によることができない場合に採用される例外的措置なのである。
しかも、これまで2回、一般競争入札によって備蓄米が放出されている。随意契約によらざるをえないという説明はかなり難しい。
スーパーの特売と同じ
次に、経済学的には意味がない。
まず、落札価格が高くなったのは、米価が玄米60キログラム当たり2万7000円と高かったからである。落札価格が高いから米価が高いままになっているのではない。因果関係をはき違えてはならない。
市場価格が2万7000円のとき、1万円で政府から売却を受けた業者は、その業者のマージンが1000円として1万1000円で別の業者に販売するだろうか? そんなことはしない。2万7000円で販売して1万7000円の利益を得る。
しかし、小泉農水大臣は玄米60キログラム当たり1万円で政府が販売すれば、精米5キログラム2000円で消費者に提供できると話している。これは農水省が5キログラム2000円で販売するようにという条件を付けて小売業者に売却すれば実現できないことはない。
しかし、これは公正なのだろうか? たまたま立ち寄ったスーパーで備蓄米を購入した人が幸運にも2000円を払い、それ以外の人は引き続き4200円を支払う。備蓄米を購入した人は、2200円の利益を得ることになる。つまり、随意契約によって5キログラム2000円で備蓄米を販売することは、一般競争入札で国が利益を得たことに代わり、運よく備蓄米を購入した人が利益を得ることになるだけなのだ。国が利益を受けたほうが、社会保障費への充当など広く国民全体のために利用することができる。
小泉農水大臣は備蓄米を2000円で販売すれば、生産者が反対すると考えたのだろう。5月24日北海道で農家やJA北海道中央会と会談した。しかし、特段の反対はなかった。当たり前だろう。かれらは備蓄米を2000円で売っても、4200円の精米価格の水準、60キログラム当たり2万7000円の玄米価格は影響を受けない、下がらないと思っているからだ。立憲民主党の野田氏が5月24日、「生産者をどうするかという視点を忘れてはいけない」と発言したのは、完全なピンボケである。
つまり、小泉農水大臣の「備蓄米5キログラム2000円」という提案では、「コメの値段全体を5キログラム3000円台に下げる」という石破首相の主張は実現できないのだ。
<中略>
このままでは来年秋までコメの値段は下がらない
コメの値段の水準は市場全体の需要と供給で決定される。備蓄米をいくら安く売ろうが、全体の供給量が増えない限り、コメの値段は下がらない。
もちろん備蓄米の放出は市場全体の供給量を増やすという目的がある。問題は、それが達成できるかどうかである。
JA農協は今年の秋に農家に支払う仮渡金(概算金)をすでに玄米60キログラム当たり2万3000円前後で提示している。これにJA農協の諸経費を足すと卸売業者への販売価格(米価、相対価格と言われる)は2万7000円になる。これは現在の史上最高値の米価の水準である。これより現実の米価が下がるとJA農協は農家に低下分の返納を要求することになるが、そうなると農家は次の年からJA農協に出荷しなくなる。したがって、JA農協は、今年産が供給・販売される来年秋まで2万7000円の米価を維持する必要がある。
備蓄米の放出で供給量が増えると、この米価は維持できない。しかし、JA農協は通常卸売業者への販売していた量を備蓄米の放出量に見合う分だけ減少させればよい。そうすれば、備蓄米が放出されても供給量は増えず、2万7000円の米価は維持できる。
石破首相の指示はJA農協との全面対決
このような中でコメの値段を下げることは、JA農協、それの支持を受ける農林族議員と真っ向から対決することを意味する。
消費者が購入するコメの値段を3000円に下げるためには、卸売業者が購入する米価2万7000円を2万円に下げる必要がある。備蓄米を安く売っただけではJA農協は痛くも痒くも感じないが、石破政権が米価を下げるような政策を打ちだせば、JA農協と全面対決になる。
すでに、石破首相をけん制するかのように、選挙でJA農協の組織票をあてにする自民党農林族議員はJA農協の代弁を始めている。農林族のドンとなっている森山裕幹事長は、5月24日、「生産者がいてはじめてコメができることを忘れてはいけない」「米価は安ければいいというものではない」とし、農家が再生産できる価格で売買されることが重要だとの考えを強調した。……
JA農協の代弁者だった江藤前農水相のときにコメの高騰が続いた理由(からくり)については、同じく山下さんの別の記事をご覧ください。
JAがコメ高騰の主因か 農水省と自民農林族の「トライアングル」元凶 山下一仁氏に聞く(産経新聞) - Yahoo!ニュース
米の値段は「三様(三極)」になるというのが妥当な見立てのようです。今朝の毎日新聞でも、銘柄米(高価格帯)/ブレンド米(中価格帯)/備蓄米(低価格帯)の3種が店頭に並ぶことになると書いてありました。
クローズアップ:備蓄米随契 速さ、価格優先 銘柄、ブレンドと三極化 | 毎日新聞
安価な備蓄米の放出がコメの全体価格の下向きの圧力になるかについて、同記事は悲観的です。
……店頭にはさまざまな価格帯のコメが並ぶことになり、小泉氏は「複数の選択肢を消費者の皆さんに提供できる」と話すが、消費者が求める市場全体のコメの低下には、これまで高値で仕入れ、集荷業者や卸売業者などが流通の過程で「目詰まり」(江藤拓前農相)させているコメが市場に、ある程度安い価格で出てくることが求められる。
これらの業者などが手持ちのコメを手放すには、今回の備蓄米の随意契約で、多くのコメが市場に流入し、コメの価格水準が下がり、このまま高値のコメを持ち続けていても売れないと判断することが必要になる。ただ備蓄米の量は市場全体からみるとわずかで、そこまでインパクトを与えるのは難しいとの指摘がある。
また備蓄米が店頭で2000円程度で並んでも、転売される恐れもあり、安値で購入した人がインターネットなどで高値で売ることも想定される。農水省は転売対策として店頭での購入制限を求める方針だが、消費者が割安な備蓄米の買いだめに走れば品薄感の解消は難しくなる。……
そうだとすれば、政権による針小棒大、誇大表現、部分切り取りなどがあり得るでしょう。小泉大臣(と石破首相)にとっては、客観的な「スピード」や「安値」の数値よりも、スピード感(=早々に効果が現れているなあという感じ)や安値感(=何となくコメの値段が安くなったような印象)の方が重要でしょう。けれども(だからこそ!)、我々の方は逆に日数とか値段とか、客観的な数値にこだわるべきかもしれません。そうでないと、全体的にたいして値段が安くなったわけでもないのに、メディアによる印象操作で何となく安くなったことにされてしまう、あるいは(争点にならないように)ごまかされたり、素通りされてしまう。参院選挙の前だけに、そんな事態も想像されるのです。
