トランプ政権の「悪行」をどういう言葉で表すのがいいのか、しっくりくるものがなかなか見つからなかったのですが、今朝の毎日新聞の井上達夫さんへのインタヴュー記事の「あちこち火をつけて回る」というのが、妙に言い得ている気がしました。井上さんは、こう述べています。
混迷する世界を語る:米憲法、破壊の危機 東京大名誉教授・井上達夫氏(その1) | 毎日新聞
2期目のトランプ米政権は1期目と違う。起きていることは、米国の憲法秩序を破壊するクーデターだ。右か左かなどの政治的な立場とは関係なく、民主主義が機能するために欠かせない立憲主義のルールを壊そうとしている。
米国の「分断が広がった」との見方は問題の本質を見逃させる。各人が自由に見解をぶつけ合う民主主義では対立がいつもある。それを暴力闘争にせず、言論対言論の闘いにするには「法の支配」が必要で、その要が立憲主義だ。また、少数者の基本的人権は憲法で保障されている。
だが、トランプ米大統領は憲法違反もおかまいなしに大統領令を次々と出す。民主党政権時代にも大統領令が多く出されてきたが、さすがに憲法の制約は尊重していた。トランプ氏は、米国憲法修正第14条に定めがあり、米国で生まれた人がほぼ無条件で米国籍を得られる「出生地主義」を変えようとさえしている。
仕掛けているのは、憲法に対する多方面一斉攻撃だ。あちこち火をつけて回れば、どこから消していいか分からなくなる。憲法を守ろうという側のエネルギーを分散させる戦略だ。第二次世界大戦時のナチス・ドイツの「ブリッツ(電撃作戦)」に通じる。……
確かに火事があちこち同時多発では「どこから消していいか分からなく」なります。トランプ氏の側近に「策士」がいるのはたぶん間違いないでしょう。しかし(というか、それゆえに)、「放火魔」は単なる「愉快犯」ではありません。本当の「ビジネスマン」はトランプではなく、トランプを「矢面」にして背後で、実益確保に精を出す者たちです。混乱に乗じて、今までのルール(憲法秩序)をなきものにし、自分たちの都合がいいように作り替えようとする輩が蠢いている感じです。
こうした「暴走」を制御する役割を、共和党が優勢の米国議会はほとんど果たせていません。頼りになるのは司法と州です。井上さんはこう述べています。
……チェック機能を果たすことができるのは司法だ。最高裁は完全にはトランプ政権のいいなりにはなっていない。国際開発局(USAID)による対外援助事業の資金支払いを命じた連邦地裁の判断に政権が異議を申し立てたが、最高裁は地裁判断を支持した。
連邦政府は憲法で明示された権限以外については、州の自治権を尊重しなければならない。トランプ政権はニューヨーク州が導入した渋滞税を葬ろうとしているが、「連邦政府 対 州政府」の機関訴訟に発展している。
……今回、トランプ氏による大統領令乱用という形で米国のシステムの脆弱性が明るみに出たが、それを抑える側のシステムである最高裁と州はまだ完全には死んでいない。
米国では過去にも、奴隷制をめぐる南北戦争、その後も続いた黒人の公民権剥奪、マッカーシズムによる「赤狩り」(共産主義者排除)などがあったが、そのたびに復元力を示した。……
我々も米国の様子を「他山の石」にしないといけないと思います。井上さんは最後に、日本の人々のあいだには、いざとなったら米国が守ってくれるのでは、という幻想があるかもしれないが、「トランプ氏の暴走が、そうした米国信仰から日本人を目覚めさせるとすれば、「不幸中の幸い」である」と述べています。
