おとといの続きの戯れ言で恐縮です。西田昌司参院議員の発言をめぐる報道を見ているうちに、「昭和の人」にしかわからない替え歌を思いつきました――「失言レストラン」、歌・アソウケンタロウ……じゃなくてニシダショウタロウ。
叩かれりゃ ここでお泣きよ 涙ふく ハンカチもあるし
口が滑ったいつもの君を やさしく包む椅子もある
ポッカリあいた会見の席で カンペもなしにしゃべらせる
そんな失言レストラン 懲りぬ議員のふきだまり
大事な支持者に愛想つかされ 笑いの引きつる道化師が
すがる失言レストラン 言い訳しても通らない 今は
ねぇ マスター つくってやってよ
軽口に苦いカクテル
ねぇ マスター ねぇ マスター
ねぇ マスター 早く🎵
※元歌はこちらです。
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いつもこんなことばかり考えてるわけじゃありませんが(恥)、短時間でうまく歌詞が収まってしまったので、ついつい……(笑)。
しかし、ネットで、昨日のTBSサンデーモーニングのことを取り上げた記事を見ていて、これは戯れ言や替え歌で冷やかしたり嘲笑したりして、終わりにしてはいけない問題だと反省しました。端的に言うと、「発言」自体も問題ですが、当人の弁解を聞いていると、むしろ「認識」の方が問題だからです。
サンモニ膳場貴子、西田昌司氏の“ある発言”に注目「本音が透けて見えた気がした」と指摘 - 社会 : 日刊スポーツ
……膳場は「注目したい点はもうひとつある」と述べた上で「西田議員は、問題の発言があったシンポジウムで『自分たちが納得できる歴史をつくらなければならない』とも語っている。自分たちが納得できる歴史とか、歴史をつくる、という部分に、西田氏の本音が透けて見えているような気がしますね」と、指摘した。
見解を求められたTBS出身のジャーナリスト松原耕二氏も「まさにそうだと思いますね」と応じ「西田氏は日本が侵略して戦争が始まって、米軍が解放したと、これを東京裁判史観だと言って批判している。そういうことが書かれた展示があったという趣旨のことを、記憶はあいまいですが、何度か繰り返していらっしゃる。ただ、事実関係としてはそういう展示は存在していない。沖縄では、めちゃくちゃな教育がされてきたというようなことを言っていたわけですが、それについては撤回しないというふうにも言っている」と指摘した。
松原氏は「沖縄の方に話を伺ったが、沖縄戦を体験した方は、たとえば旧日本軍が来て自分たちが『ガマ』に入るために住民を追い出したんだというような話や、米軍は優しかった、という話はいくらでもある」とも主張。その上で「戦前も戦後も、沖縄の方は軍に抑えつけられ、苦しんできたという記憶がある。西田氏はこの事実を知るべきだし、最後まで『歴史を取り戻す』というようなことは譲っていない。私は、そこにいちばん危うさを感じますね」と述べた。
先日の「謝罪」会見で、彼は「(言わなくてもよかった)ひめゆりの塔を話に持ち出したことが不適切(?)」と言っているだけで、自分の(沖縄戦の)歴史認識とその根拠の不適切さを認めて謝っているわけではありません。
発言内容を順に追っていくと、最初の5月3日の集会で彼はこう述べています。
……ひめゆりの塔ですかね、何十年か前に、まだ国会議員になる前にお参りに行ったことあるんですけれど、今どうか知りませんけど、ひどいですね。亡くなった女学生の方々がたくさんおられるんですけれども、説明のしぶりを見ていると、要するに日本軍がどんどん入ってきて、ひめゆりの隊が死ぬことになっちゃった。
そしてアメリカが入ってきて、沖縄は解放された。そういう文脈で書いてるじゃないですか。亡くなった方々、本当に救われませんよ。歴史を書き換えられるとこういうことになっちゃうわけですね。沖縄の中では、今の知事さんもおられますけれどもね、そういう人が結構それなりの市民権持っているわけですよ。
自民・西田議員は「ひめゆり」に関しどんな発言をしたのか 発言の録音データから|京都新聞デジタル 京都・滋賀のニュースサイト
つづいて、問題を指摘されたあとの記者会見(5月7日)ではこう述べています(下線 は当方が施した)。
……会見で西田氏は沖縄戦について、「終戦直前に沖縄がアメリカに占領されるという情報が入ってきて、これを何とかしなきゃいかんというので、日本軍が沖縄を守るために入ってきたけれども、結果的に戦争に島民の方々も巻き込まれて多くの犠牲を出した」と指摘した。
その上で、発言は憲法改正の前提として、大戦とアメリカの占領政策を説明する趣旨だったと主張し、「当時、展示を見た印象は、日本軍が入ってきてあの戦争が始まり、そしてアメリカが入ってきて、その戦争が終わり平和になったという文脈だ、私は感じたのは。それはあの歴史、あの戦争が一体何だったのかということをもう一度考えないと、そういう文脈では沖縄の方々は救われないんじゃないのかという趣旨の話をした」と説明した。……
【速報】自民・西田昌司議員「切り取られ誤解を生み非常に遺憾だ」 ひめゆりの塔の関連発言について真意を説明|FNNプライムオンライン
しかし、下線部の発言の根拠は薄弱で、過去にも現在にも、そうした展示はないと指摘された当人は、5月9日の会見では、むかし自分が沖縄を訪れた後、広報に書いた記事(当時の印象)を根拠に持ち出していました(曰く、記憶が鮮明になったとのことですが、別に、知人からの指摘で別の資料館の展示を見て受けた印象かもしれないなどとも言っていました)。
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どちらにしても「印象」という「主観的産物」に過ぎず、自身の認識の客観的な根拠ではないわけです(主観 × 主観)。彼はさらにまた、今まで(沖縄で行われてきた)歴史教育に問題があったと指摘しています(「かなりむちゃくちゃな教育」と述べています)し、それでは「沖縄の人は救われない」とまで言っているわけですから、今回の件は、本人にとって確かに「ピンチ」かも知れませんが、しかし見方をかえれば、自身の歴史認識が「正しい」ことを証明する大きな「チャンス」でもあったわけで、きちんとした証拠や資料など示して、自身の「正当性」を明らかにすればよかったはずです。
ところが、「どこにそんな展示があったんですか?」と聞かれ、「昔展示を見た時に書いた自分の文章にそう書いてある」「だから、今は展示してないかもしれないが、当時は確かに展示があったし、今はっきり記憶がよみがえった」「あとは君たち(記者)が調べてくれ」――こんなんで「なるほど、西田の言うとおりだ」と、納得・賛同する世間の人はどれくらいいるのでしょうか。これでは、そこら辺で、俺個人がどういう歴史観や歴史認識を持とうが、それは俺の自由だ、と言い張るのと変わりません。市井の個人ならともかく、彼には公的立場があります。公共世界(政治)のリーダーたる政治家としてどうなのか、その資格を疑わせるには十分です。
西田議員は世間から叩かれたからと、「失言レストラン」で涙をハンカチでふくような柔な人ではありません。今回形だけ「謝罪」したことにしましたが、肝心の部分は何ら過誤を認めていませんし。彼(ら)が主張してやまない「正しい歴史」が我々をどういう方向に向かわせるものなのか、引き続き考えていかなくては、と思います。
