ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

戦争に加担しない覚悟

 この話は全然知らなかったのですが、今年の6月、京都市のあるホテルにイスラエル国防軍(IDF)所属の男性が宿泊予約を入れましたが、ホテル側の意向を受けてキャンセルすることになりました。ホテル側は、イスラエル軍のガザでの破壊・虐殺行為が国際人道法に反しており、その軍関係者の宿泊を認めることは、共犯者になりうると判断したということです。当の男性もホテル側の「説得」に(不承不承)応じて、これで落着と思いきや、(憤激は収まらなかったらしく)直後に、駐日イスラエル大使からホテル側に「宿泊拒否は国籍差別であり、支配人の解雇と謝罪を求める」との抗議文が届き、続いて(追随するように)京都市も旅館業法違反を理由に行政指導を行ったそうです。この間、ネット上に情報が拡散し、ホテル側を誹謗中傷する書き込みが多数上がり、ついにはホテルの支配人が解雇されるに至ったというのです。
 先月13日付の「長周新聞」に詳しい記事があります。解雇された支配人の「言い分」を知ると、これが男性の「国籍」ではなく「行為」を問題にした、ホテル側の一つの(とりうる)対応であったことがわかります。現在は「前支配人」となってしまったゲレス氏へのインタヴューを引用させてください。

成田空港に降り立った血まみれの軍靴――「京都のホテル、イスラエル人宿泊拒否」の真相 元ホテル支配人 ジェロニモ・ゲレス | 長周新聞

 Q なぜイスラエル人の宿泊拒否をしたのですか?
 A まず、明確にしておきたいのは、私がその人に予約のキャンセルを依頼したのは、彼がイスラエル人だからではなく、現在ガザ地区戦争犯罪を犯しているIDFの一員であり、その予約を受け入れることによって、私たちは共犯者としてみなされるリスクがあったからだということです。そして、これは私としては宿泊拒否ではなく、宿泊予約のキャンセル依頼だということも申し上げておきたいです。私の意志に反して拡散された、A氏とのやりとりの内容を見てもらったらわかると思います。予約を受け入れられない理由を丁寧に説明したうえで、キャンセルを依頼し、A氏がそれに合意し、成立しました。双方合意の上での宿泊予約キャンセルです。
 Q 本件は大手メディアにはとりあげられていましたが、ゲレスさんの発言などは見当たりません。ゲレスさんへの直接の取材はあったのでしょうか?
 A ホテルへの取材依頼は複数ありました。私個人への取材依頼は6月下旬に1件ありましたが、残念ながら記事はいまだに出ていません。
 Q テレビでもとりあげられ、大きなニュースとなりました。どういうお気持ちですか?
 A 今振り返っても、当たり前のことをしただけという感覚です。私の理解ですが、戦争犯罪を犯しているIDFに属している人の予約を受け入れないことは国際人道法上当然ではないでしょうか。この件に関して、誹謗中傷やハラスメントが多数ありましたが、それ以上に世界中から好意的なメッセージをたくさんいただき、励まされました。
 Q リアクションは分かれたようですが、世界的に広がったのはなぜでしょうか?
 A A氏がキャンセル合意後の13日頃に日本在住のイスラエル人の方にやりとりの画像を送ったそうです。その人があるフェイスブック上のグループに私の名前とホテル名が載ったままその画像を共有し、「グーグルマップでこのホテルに低評価をつけよう」と呼びかけたそうです。そのグループから情報が漏れ、15日頃にSNSインフルエンサーたちがさらに拡散しました。どれほどの人がたった数日間で私の名前と職場を知ったのでしょう。フェイスブック上のグループに私の個人情報を晒した人に悪意があったと受け止めています。
 Q なぜA氏がIDF関係者だと分かったのですか?
 A 小さなホテルだからこそ大きなホテルにはない、より良いカスタマイズされたおもてなしを意識していました。そのために顧客についてインターネットで公開情報を調べることは日常的に行っていました。A氏から宿泊予約が入ったときに、普段通り彼の名前を検索エンジンで検索しました。検索結果のトップにLinkedInという世界最大級のビジネス特化型SNSが出てきて、彼の写真や名前や職歴などがそこに公表されており、A氏がIDFと明らかな関係があると判断しました。
 Q 一部報道などでは「国籍差別」について言及されていましたが、それについては?
 A やりとりを見ればわかるように、キャンセル依頼の理由として国籍については触れていません。ご存じの通り、IDFは皆がイスラエル人とは限りません。イギリス人もいるし、アメリカ人、フランス人もいます。ちなみに私が支配人になってから、過去にイスラエル人の宿泊者もいましたし、予約サイトに良いレビューを書いてくれました。無論、国籍差別が許されないことは十分認識しています。自分も日本で暮らすブラジル出身の外国人だからよくわかっているつもりです。
 Q 駐日イスラエル大使ギラッド・コーヘン氏がホテルの運営会社に抗議文を送ったそうですね。
 A 私は直接実物を見ていませんが、その書簡が会社に届く前の17日の時点で、イスラエルのニュースサイトYnetで関連記事が掲載されました。その記事を引用したウェブサイトの中に抗議文の画像がまるごとアップされていたので、それを確認しました。記事にはやりとりとともに私の名前と職場が、つまり個人情報がそのままの状態で載っていたことはメディアによる人権侵害ではないかと思い衝撃を受けました。
 Q 駐日イスラエル大使の抗議文が運営会社に届く前にネット上で記事になり、広まったと?
 A はい。駐日イスラエル大使が誤った印象を拡散し、世論を誘導する目的でなされたことではないかと感じています。このYnetの記事が出たあと、イスラエル国内のテレビ局でも報道され、ネット上の嫌がらせが増大しました。
 Q 抗議文によると、「明らかな差別事件」だという主張です。
 A 前出のやりとりのどの部分が「明らかな差別」にあたるのか知りたいです。戦争犯罪を犯している組織に属している人間を受け入れることで生じうる共犯者としてのリスクを、なぜ私たちが負わなければいけないのか。この事件が知られるにつれ、「国籍差別」という論調も広まりましたが、発端はこの駐日イスラエル大使の一方的な主張だと思っています。
 Q 京都市はこの事件を受け、行政指導をおこないました。
 A 報道によると、17日にイスラエル国籍の男性が宿泊拒否されたという投稿がSNSで拡散しているとの情報が外部から京都市に提供され、それを市が精査したそうです。その結果が今回の行政指導です。個人的には京都市は駐日イスラエル大使の主張に基づく判断をしたと思っています。精査をしたというものの、私の行為の背景について知ることなくこの出来事を理解することはできませんし、事実確認が疎かになっていたといっても過言ではありません。
 京都市は十分とはいえない調査の結果、私がやったことは国籍差別であり、旅館業法に抵触する違法行為と判断しました。そして運営会社はこれについて異議申し立てや抗議の意志を示すことすらなく、国際人道法に則って判断をした私を守ろうとしなかった。残念というほかありません。

 Q 行政指導の理由は旅館業法に違反しているから、なんですね。旅館業法は原則宿泊拒否を禁じているようです。
 A これが本当に彼らのいうところの国籍による宿泊拒否ならそれは許されないし、違法であることは理解できます。しかし、これまでに申し上げたように国籍は関係ありませんでした。
 報道で伝えられたところによると、旅館業法では伝染病にかかっていると明らかに認められる場合や、風紀を乱す行為をする恐れがある場合などを除き、宿泊の拒否を禁じています。しかし同法では「その他都道府県が条例で定める事由があるとき」という事項があり、京都市の条例では、宿泊を拒むことができる事由として、「その他宿泊を拒むことに正当な理由があると認められる者」という項目があります。
 今回の行政指導によって明らかになったのは、戦争犯罪の共犯になる可能性を避けたいということが「正当な理由」に当たらないという京都市の考えです。しかし私自身は、今でも私が示した理由は「正当な理由」だと思っています。例えば、暴力団や反社はお断りとするお店や宿泊施設はありますよね。IDFは暴力団や反社と同様に、あるいはそれ以上に違法行為をしているように私には見えます。少なくとも、暴力団などは戦車やドローンで民間人を無差別に殺したり、町を破壊したりしないでしょう。しかし、IDFはこういう行為をしている映像を自慢げにSNSにあげて、一般の人がそれをいつでも確認できる状況です。どうしてお断りできないのでしょうか。

 Q 各紙によると、京都市は17日に聞きとり調査を始め、20日に口頭で指導、21日に文書で指導、同日の午後2時15分に会見を開きました。行政指導の決定、発表までにあまり時間はかからなかったようです。
 A 異例のスピードだったと思います。21日の午前11時35分からの会見で上川外務大臣が『読売新聞』の記者から求められ「訪日イスラエル人観光客への差別」に関して、「国籍を理由とする宿泊拒否は許容できない」とコメントしています。外務省から京都市への圧力があったかどうかわかりませんが、外務大臣が京都の小さなホテルで起きた出来事をどうして即時に把握し、コメントすることにしたのか不思議です。
 Q その後、仕事に影響は?
 A グーグルマップのレビュー上で低評価が増え始めた6月13日時点で上司に注意されました。次回似たようなことがあれば相談するようにと指示を受け、了解しました。その後もこの件がネット上で収束する気配はなく、運営会社とその弁護士とのやりとりがありましたが、私の行動は理解を得られず、6月29日に10日間の出勤停止処分を受けました。結果的に7月11日に解雇になりました。
 Q 最後に訴えたいことをお願いします。
 A 「道徳には代償が伴う」という言葉があります。私はまさにそれを実感しているところです。もっと違うやり方があったのでは? と聞かれることもあります。確かに違うやり方はありました。例えばホテルが満室だとか、ダブルブッキングが起きてしまったという適当な言い訳で対応することもできました。しかし、それでは私が問題を無責任にそのまま次の人に回しただけで、偽善者になってしまいます。
 犯罪を犯している人がそうでない人と平等に扱われるべきではないというのが私の考えです。法律の基本でもあります。A氏をはじめIDF関係者は、昨年10月7日以降も一般の罪のない人々と同じように観光目的で日本全国を訪れています。まるで血まみれの軍靴が日本に降り立ち、自由に行き来し、闊歩(かっぽ)しているようです。残念ながら今の日本では、戦争犯罪に関わる人の宿泊を受け入れなくてはなりません。それについて、パレスチナで起きていることとともに、もっと多くの人に知って考えてもらいたいです。

 ゲレス氏は「道徳には代償が伴う」と言っています。戦争に反対すること、加担しないという「良識」にしたがって行動することには、それなりの勇気というか、覚悟がいると思うのですが、この話のように、企業体(ホテル)、地方行政、国が、営利や事なかれ、事大主義などで、ゲレス氏のような個人を何重にも縛って、口を封じ、身動きをとれなくさせる。彼は職さえ失ったのです。その先にガザとレバノンの今があるのだと考えると、これは痛切です。でも、ゲレス氏を誹謗中傷するメッセージよりも、激励する好意的メッセージの方が多かったという、その一点に救われる気持ちもあります。イスラエルの蛮行を許さない世界の多くの人には、それぞれの「覚悟」があるはずですから。



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