ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

中間選挙を迎えるアメリカ

 『宇治拾遺物語』という鎌倉時代(13世紀)の説話集に「猿沢の池の竜の事」という話があります。今は知りませんが、むかしは国語(古文)の教科書にも載っていた話だと思います。
 「鼻蔵」と呼ばれる僧侶が若いときに、奈良にある猿沢の池の端に、「◇月◇日、この池から竜が昇るであろう」と書いた札を立てたところ、噂話が広がって、「ぜひ見たいものだ」と話す人が増えていったと。最初は、自分のくだらないいたずらを真に受ける人々をバカにしていた鼻蔵でしたが、あまりにも大勢の人が集まりそうな雰囲気になって、「これはただ事ではない、きっと何かあるに違いない」「ひょっとしたら本当に竜が昇るかもかもしれない」と思って、当日様子を見に行ったというのです。ちょと間の抜けた人の話です。
 「嘘も百回言えば真実となる」と言われますが、これは「嘘も百人が信じれば真実となる(と思ってしまう)」というところでしょうか。
 しかし、中間選挙の投開票日を週明け11月8日に控えるアメリカでは、これと同じことが現実化しているようです。「2020年の大統領選は不正選挙だった」「何万何千という不法移民や死者が投票した」「選挙は(民主党陣営に)盗まれた」――こう叫びつづけるドナルド・トランプ前大統領を支持しない共和党の首長や議員たちは、軒並み選挙で苦戦を強いられ、危機感を募らせているというのです。

 11月1日付毎日新聞の記事からの引用です(年齢等は省きます)。
「不正」同調のトランプ派が威嚇 共和党・州下院議長の危機感 | 毎日新聞

高まる危機感 民主党へ支持転換も
 「トランプ前大統領の『不正選挙』の主張に同調する選挙否定派が勝利すれば、米国の民主主義が根底から崩れてしまう」
 共和党のトランプ氏が10月9日にアリゾナ州で開いた選挙集会の3日後、同州下院議長(共和党)のラッセル・バワーズさんは毎日新聞の取材に応じ、そう力を込めた。
 バワーズさんは地元共和党の有力者として2016、20年の大統領選でトランプ氏を熱心に支援し、同氏に投票もした。20年大統領選直後の11月下旬、ホワイトハウスから突然、連絡がきた。トランプ氏からの電話だった。
 電話では、トランプ氏が選挙支援に感謝を述べた後、顧問弁護士のジュリアーニニューヨーク市長が威圧的にこう要請してきた。「アリゾナ州で20万人の不法移民や数千人の死者が大統領選で投票した。州議会で特別委員会を開き、選挙結果を調べるべきだ」
 バワーズさんが詳細な説明や不正に投票した人の名前などを求めると、ジュリアーニ氏は「是正しなければならない」と繰り返した。トランプ氏は電話の背後でジュリアーニ氏に「彼(バワーズさん)が欲しいものをやれ」とせっついていた。
 「根拠が全く無い主張で、合衆国憲法や法律で定めた選挙手続きの公正さを傷つけるわけにはいかない」。そう判断したバワーズさんは、大統領の依頼を拒否した。
 その後、バワーズさんが「不正選挙」の主張に非協力的なことが明らかになると、トランプ支持者の攻撃対象となった。事務所に数万通の脅迫メールが押し寄せ、電話も殺到。自宅に抗議するトランプ支持者が集まり、威嚇してきたという。
 こうした経緯を連邦議会襲撃事件(21年1月6日)を調査する下院特別委員会で6月に証言したバワーズさん。中間選挙の州上院選共和党予備選に出馬したが、「民主党よりもたちの悪いバワーズ」とトランプ氏に攻撃され、トランプ氏の推薦候補に敗北した。バワーズさんは「共和党ファシズムに乗っ取られた。現在の米国の民主主義はベニヤ板のように薄くてもろい状態だ」と嘆く。

 アリゾナ州では強硬な選挙否定派の勝利が現実味を帯びている。政治サイト「リアル・クリア・ポリティクス」によると、州知事選で共和党候補のカリ・レーク氏は10月28日時点で、民主党候補のケイティ・ホッブス州務長官に支持率で4・2ポイントの差をつけ、優勢に選挙戦を進める。
 こうした状況に危機感を覚え、支持政党を共和党から民主党に切り替えた人もいる。匿名を条件に取材に応じた女性は「トランプ支持者はカルト教団の信者のようだ。本当の共和党ではない」と語気を強めた。バイデン政権(民主党)の移民に寛容な姿勢には大反対だが、「自分たちの勝利しか認めないのであれば、選挙は成り立たない。民主主義を守るためにも民主党候補者に投票するしかない」とため息まじりに話した。
 共和党内のトランプ氏の政敵である西部ワイオミング州の連邦下院議員、リズ・チェイニー氏も「選挙結果を尊重しない人に権力を与えてはならない。もしアリゾナ州に住んでいたら、知事選は民主党候補者に入れる」と公言している。

 10月12日から期日前投票が始まったアリゾナ州。複数の場所で投票箱がある敷地付近を武装した不審者がうろつく姿が報じられるなど、早くも不穏な空気が流れている。
 同州で最大の人口を誇るマリコパ郡の民主党幹部、ライアン・マクマリーさんは「共和党支持者からの票の流入がどれだけ効果があるのかは不明だ。共和党寄りの無党派も含め、単に投票を棄権するだけの可能性もある」と指摘する。そのうえで、こう付け加えた。「選挙否定派は敗北しても結果を認めない。いずれの結果でも州が混乱状態に陥るのは確実だ」


  記事が紹介している選挙予測サイト「ファイブサーティーエイト(538)」の調査にれば、連邦議会上下院などの選挙に、共和党からは552人が立候補していますが、うち199人(36%)は2020年大統領選の結果(トランプ落選)を「完全否定」。「不正」と明言はしないものの、選挙の正当性に「疑念を持っている」という者が61人(11%)、立場を明確にしていない者が122人(22%)。他方、選挙結果を完全に受け入れている者はわずか77人(14%)、選挙の完全性に懸念をもちつつ一応バイデン大統領の勝利を認める者は93人(17%)にとどまっています。つまり、ざっくり言って、共和党から立候補している人の半分くらいは、2020年の大統領選挙で「不正があった」と思っていることになります。

 一人一票の投票は、たとえ望まぬ候補者が当選しても、結果が出たら恨みっこなしで社会生活を続けようという、平和維持のためのシステムだと、とある専門家が言っていましたが、それは選挙が公正に行われる(票数も不正なく数えられる)ことが大前提で、これに疑念を差し挟むようになったら、システム自体が成り立ちません。
 ところが、記事によると、共和党の立候補者だけでなく、アメリカの有権者にも(自分の望まぬ)選挙結果を受け入れないという人が増加傾向にあり、調査によれば、支持政党が敗北する選挙結果が出た場合、「選挙に不正があった」と非難するという考えの人が、共和党支持者で39%、民主党支持者でも25%もいるというのです。正確にどういう質問をしたのかわかりませんが、こんなことを訊く方も訊く方です。そう訊かれれば訊かれた側も、「ああ、そういうのも、ありなんだ(対立候補が当選したら、不正があったと非難してもいいんだ)」という感情が掘り起こされるかも知れません。

 記事の中に「トランプ支持者はカルト教団の信者のようだ。本当の共和党ではない」という女性の言葉が引用されていますが、その種の発言ができる国や社会であるかどうか。また、そういう発言をそれとして周りに尊重する気持ちがあるかどうか(村上衆院議員の「国賊」発言なども連想します)。カルトとのつながりで言えば、この国の某党だって似たような状況にあった(いや、今もある)わけで、とてもよその国のこととは思えません。これを「他山の石」とせず、猿沢の池に出かけていくのかどうか、我々も問われていると思います。



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