ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

「東京2020オリンピック SIDE:A」公開に

 こういうのは「実物」を見てから書くのが筋だとは思うのですが、少し引っかかるところがあったので短めに(いや、長いですけど…)。

 河瀨直美氏が総監督を務める東京五輪の公式記録映画「東京2020オリンピック SIDE:A」が10日前(6月3日)に公開されたとのことです。もっと大々的に「宣伝」するのかと思っていたら、個人的な印象では、さにあらずです。「公式記録映画」だから一般の商業映画とちがってNHKで放送でもするのかくらいに思っていたら(実際、東京パラリンピックの公式記録映画の方は、国際パラリンピック委員会(IPC)とNHKの共同制作により、3月末に地上波で放送されたとのことです。見てませんが……)、映画会社・東宝の配給により全国200館で上映されるとのこと(調べたら、千葉市でも京成ローザ10で1日2回朝夕上映しているようです)。まったくトンチンカンな、と苦笑してしまいます(しかし、商業映画なら「公式」などというお墨付きは不要なはずだとも思いますし、加えて、NHKが昨年12月ドキュメンタリー番組でこの映画制作を紹介したのも、「番宣」ならぬ事前宣伝(広報)をしていたことになり、公共放送として一企業作品の広報に肩入れするのはいかがなものかという感じをもちます)。

 制作段階からいろいろと「いわく」つきだったせいか、客足はいまいち(会場によっては空席ばかり)のようです。これまでの「文春砲」ほか、メディアでの扱いも少なからず影響しているかもしれません。その文春に気になる記事が2つありました。
 1つめはお笑い芸人のプチ鹿島さんによる記事です。鹿島さんは、封切り初日に河瀨監督の舞台挨拶がないのに驚いたと言います。先月5月23日には、河瀨監督はもちろん、森喜朗氏まで招いて派手に「完成披露の試写会」をしています。加えて、その2日後の25日夜(現地時間)に、河瀨監督はカンヌ国際映画祭に出席してスピーチまでしているのです。この落差は何だろうかと。
 以下6月7日付記事の部分引用です。

河瀬直美「東京五輪の公式映画」を賞賛する人たちの共通点とは…? 待望の公開初日、私が感じた「2つの異変」 | 文春オンライン

……大会関係者の前では挨拶したり、カンヌに行ってまでスピーチしたりするのに、一般客が初めて入る大事な「初日」はスルー。かなり違和感がありました。
さらに調べてみると個別にマスコミ取材は受けている。たとえばスポーツニッポンには、公開2日前に『河瀨直美総監督 映画「東京2020オリンピック SIDE:A/SIDE:B」への思い』という記事があった。
 河瀨氏は「感無量です。昨年8月8日に閉会式があり、そこから編集のヤマがとても高かった。ようやく皆さんに見ていただける」と語っている。そう、こういう言葉を初日に直接聞きたかったのです。
 エライ人やマスコミには語るのに一般客の前には出てこない。こういうスタンスの映画監督って本当に不思議だ。もしかして出てくるのがイヤなのだろうか?
 たしかに河瀨直美総監督と東京五輪の公式記録映画には、これまでさまざまな報道があった。……
 いろいろ事情は抱えているとはいえ、五輪の「公式」記録映画を任せられたのである。すべて引き受ける覚悟はなかったのだろうか。一般客の前に出てこないのはあり得ない。もっと言えば河瀨氏が「誰」のほうを向いているのかわかってしまうではないか。

<以下略>(※「河瀬」とあるものは「河瀨」に訂正)


 2つめは時間的順番は逆ですが、6月5日付記事ではフリーライター佐野亨さんが、日本国内では、過去の暴行疑惑が報じられたり、NHK-BS1のドキュメント番組が問題視されたりと、河瀨監督に批判的な声がある一方、フランス政府からは河瀨監督に芸術文化勲章オフィシエが授与されるなど、国内外における評価が奇妙に「ねじれ」ていて戸惑いを覚える人があるかも知れませんが、これには理由があると書いています。

海外で賞賛、日本で批判…河瀨直美の評価はなぜ国内外でズレているのだろうか | 文春オンライン

国内外の評価のズレの正体
 河瀨直美は、母校である大阪写真専門学校(現・ビジュアルアーツ専門学校)の講師を務めていた際に撮ったドキュメンタリー『につつまれて』(1992年)などの自主製作映画で注目を集めたのち、最初の商業長篇作品『萌の朱雀』(1997年)でカンヌ国際映画祭カメラ・ドール(新人監督賞)を史上最年少で受賞、『殯の森』(2007年)では同映画祭グランプリを獲得した。審査員もたびたび務めており、2009年には映画祭に貢献した人物に贈られる黄金の馬車賞をアジア人女性として初めて授与されるなど「カンヌの申し子」と称される評価を受けてきた。さらに、2015年にはフランス芸術文化勲章シュヴァリエをやはり日本人の女性映画監督として初めて受章している。
 こうした輝かしい受賞(受章)歴からもわかるように、河瀨はおもにフランスをはじめとするヨーロッパ圏で「現代日本を代表する映画作家」と認識されてきた。
 しかし、日本国内ではどうだったかというと、河瀨直美は軽視、いや、はっきり疎んじられてきた存在と言ってもよい。
萌の朱雀』にしても、カンヌでの受賞こそ話題になったが、評価は賛否がはっきりと分かれ(おそらく否のほうが多かったと思う)、たとえば淀川長治は「映画学校の一年生のごとき脚本で、てんで人生が描ききれていない」「文字を持たぬ、目で分かる説明が必要な映画ではまったく困る」(『淀川長治 究極の日本映画ベスト66』河出書房新社)と手厳しい(一応、「文句いっぱいながら、近ごろもっともみずみずしい映画」とも書いているが、基本的には認めていないことが文章の調子から読み取れる)。
日本の映画批評において、河瀨の作品が積極的に語られづらい要因として、彼女自身がいわゆるシネフィル的な文脈の外にいる存在であることも大きい。実際、河瀨は高校時代まではバスケットボールに打ち込むスポーツ少女であり、大阪写真専門学校に入学してからも、ゴダールを愛好するような同級生たちの会話にはついていけなかったという。筆者も河瀨の特集上映のトークイベントで聞き手を務めた際、客席から投げかけられた「影響を受けた監督は?」という問いに、頑なに応えようとしなかった河瀨の姿が印象に残っている。

「私を認識してほしい」という強烈な意思の発露
 国内外での評価のちがいについて、河瀨自身はつぎのように語っている。
「(映画に対して)個人的な話をされる方は海外、とくにヨーロッパに多いですね。日本人の場合は、あまり個人的な話をせず、客観的に批評する人が多い印象があります。映画史的にどうであるとか、過去の映画作家と比較してどうだろうとか。そう言われると、私としては『そこから始まっていないんだけどなあ』とズレを感じてしまいますね」(筆者によるインタビュー、「NFAJニューズレター」2020年1月-3月号)
 この場合の「個人的な話」とは、映画に対する観客の側の同調性と言い換えることができるだろう。河瀨作品への批判として、「自己愛」「ナルシシズム」という表現がしばしばもちいられるが、より正確には「じぶんを認識してほしい」という強烈な意思の発露がそこにはあり、それを観客がどう受け止めるか――つまり、「私」(河瀨)と「私たち」(観客)との関係を問いかけてくるところに河瀨作品の特色がある。
 たとえば、初期のドキュメンタリー『かたつもり』(1994年)には、河瀨が空や雲や育ての親である「おばあちゃん」にキャメラを向けながら、「空!」「雲!」「おばあちゃん!」などと叫ぶ一連のショットがある。この場面について、河瀨はこう語っている。
「思えば私は子どもの頃から、この世界の歯車のひとつとして人生を終えることがたまらなく寂しくて、『河瀨直美』という名前を呼んでほしい、私を認識してほしい、と強く感じていました。それを埋めてくれたのが映画だったんです」(前掲インタビュー)
……河瀨にとって、映画は自身の存在を肯定することであり、この世界に生きつづける意味そのものなのである。そして、そこには同時に、自身が承認されないことへの不安がつねに見え隠れしている。

<以下略>

 そう言えば、むかしビートたけしが「どういう映画をつくればヨーロッパの人にウケるかわかった」と言っていたことがあります。日本の人にウケる映画とフランスの人にウケる映画がちがっていてもかまわないと思うのですが、この国は、ノーベル賞を受賞した人に慌てて文化勲章を出すようなところがあります(大江健三郎氏は断りましたが)。河瀨監督には自分をまっとうに評価してくれる(できる)のは(日本ではなく)フランスだという意識があるかもしれません。

 6月5日、都内で会見した河瀨監督は、「東京五輪を、多くの子どもたちに生で見せたかった。でも、コロナ禍があって見せられなかった。見せられなかった姿を、私は出来れば劇場で、映画で見て欲しい。今、見られなくても、いつか必ず見て欲しい」「ここ(映画)には時代の記憶が刻まれています。私たちが何を選んで、どのように東京五輪を開催し、閉幕まで導いたかという姿…。日本人が世界に誇れる姿を、反対派の人も含めてです。私たちは、この時代を精いっぱい生きたという…みんな、今は苦しい時代かも知れないけれど、頑張りたいと思ってもらいたいです」と語ったとのことです。
河瀬直美監督、東京五輪映画会見で「いつか必ず見て欲しい。反対派の人たち含め」 - シネマ : 日刊スポーツ

 なるほど、佐野さんが指摘した自己承認、自己顕示が感じられなくもありません。訊かれたからかも知れませんが、ことさら「反対派の人も含めて」と言わなければならないところがとても不幸に思います。



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