ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

サル痘と「感染症社会」

 「感染症社会」などという言葉はまだ社会的に認知されていませんが、全体的な意識としては、感染症は遮断・撲滅するものではなく(やる気の問題はさておき、それが不可能だとわかり)、パンデミックを避けながら社会経済活動の規模を相応に維持する方向へと移行している気がします。「ウィズ・コロナ」というのは社会として感染症を “許容” するという意味でしょうから、まさに「感染症社会」です。もちろん、新型コロナではなお死者が出ているわけで、油断は禁物ですが、入国制限やイベント許容人数の上限解除、越境旅行可…などと、世の中全体が確実に規制を「弛緩」させる方向に動いています。この2年余の経験則もあるので、一概に「軽はずみ」だとは言えませんが、世の中、慎重に動く人ばかりではないことがわかっていても、そうせざるをえない。これは、長期にわたる規制や行動制限は、国(財政)としても社会としても、いろいろな意味で限界だということでしょう。

 新型コロナとは別に、最近「サル痘」に関する報道も気になっています。まだ国内感染の例がなく、世界全体でも死亡例の報告がないのは幸いですが、そのためもあってか、世の関心は新型コロナほどではありません。しかし、この感染症の内実とともに、なぜ今、急にこんな感染症が現れたのかについては、もっと目を向けるべきだと思いました。以下の「ナショナル ジオグラフィック」5月30日付の記事(文:PRIYANKA RUNWALさん/訳:三枝小夜子さん)はコンパクトにまとまった良記事だと思います。終わりの部分だけ引用させてください。

サル痘について今わかっていること、感染経路や治療薬、歴史など | ナショナル ジオグラフィック日本版サイト

なぜ感染者が増えている?
 サル痘が風土病になっている中央アフリカと西アフリカの一部では、1970年代から患者が増え続けている。2022年2月11日付けで医学誌「PLOS Neglected Tropical Diseases」に発表された論文では、世界のサル痘の確認例、疑い例、可能性例がこの50年で10倍以上になったと推定された。2000〜2019年の間に2万8000人以上の症例を記録したコンゴ民主共和国と、2017年に40年ぶりに患者が現れたナイジェリアでの増加が特に著しい。
 サル痘患者が増加している大きな理由の1つは、天然痘の撲滅だ。1980年にWHOが天然痘の根絶を宣言すると、天然痘ワクチンの接種が終了した。天然痘ワクチンには副反応があるものの、サル痘に対する予防効果が85%もあることが明らかになっている。2010年8月に学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に発表された、コンゴ民主共和国中部で実施された調査では、天然痘ワクチンの接種を受けた人がサル痘に感染するリスクは、受けていない人の約5分の1だった。
 もう1つの理由は森林伐採だ。プランテーションの造成や農業のために森林が伐採されると、サル痘に感染した野生動物と人間との距離が近くなり、エボラ熱の場合と同じく、ウイルスが種の壁を越える機会が増えるおそれがある。(参考記事:「パンデミックを防ぐため、世界的な自然保護政策を、報告書」)
 さらに2014年2月に医学誌「Emerging Infectious Diseases」に発表された研究では、コンゴ盆地系統の1つで、ある遺伝子の欠失が見つかり、ヒトからヒトへの感染のしやすさとの関連が指摘されている。

サル痘ウイルスは広まりやすくなっているの?
 サル痘ウイルスが、ヒトの間で広まりやすくなるように進化した可能性はないのだろうか?
 最近サル痘に感染したポルトガル、ベルギー、米国の3人の患者から採取したウイルスのゲノムを見るかぎり、伝播を容易にするような遺伝子の欠失や獲得があったことを示す証拠はない。ポルトガルの患者から得られたウイルスゲノムのおおまかな配列(ドラフト配列)は、2018年と2019年にナイジェリアからイスラエルシンガポール、英国に広まったウイルスの配列とほぼ一致している。また、ベルギーの患者から得られたウイルスゲノムのドラフト配列は、ポルトガルの患者のものと非常によく似ている。
 とはいえ、サル痘ウイルスの遺伝子の微妙な変化を特定するためには、もっと多くの患者からウイルスを採取して遺伝子配列を調べ、以前の流行を引き起こしたウイルスとは違っている可能性のある領域をしっかり比較する必要がある。ただ、そのような変異が見つかったとしても、ヒトへの感染にどのような影響を及ぼすかが明らかになるわけではない。
 しかし、ウイルスがまだ変化していなかったとしても、流行が長引けば変異の機会は増えると、ベルギー、アントワープ熱帯医学研究所のウイルス学者フィリップ・セルホースト氏は懸念している。
 サル痘は新型コロナウイルスほど広まりやすくはないが、「動物が保有していたウイルスがヒトの間で感染が拡大しているのは決して良いことではありません」とセルホースト氏は言う。


 サル痘のウィルスは、空気感染する新型コロナのウィルスに比べて感染力が強いとは言えませんし、DNAの構造が「安定」していて、変異が起こりにくいとされていますが、それはあくまで「比較上」の話で、感染しないこと、変異しないことを何ら保障するものではありません。一般論として、動物と人間の生活圏・住環境の線引きは昔ほど厳格ではなくなっています。家の中ではペットを飼い、家の外でも、動物と接触することが好まれます。人はアウトドアへと繰り出し、野生動物は躊躇なく「人里」に入り込んで、従来の人と野生動物間の(心理的)境界線はどんどん越えられていますから、相互の「接触」機会が増えていくのは避けられません。「異質」同士の接触機会が増えれば、突然変異の出現比率は上がるでしょう。こうした「警戒心」が、「感染症社会」の「やり過ごし」感覚によって、社会全体として薄くなっていくのが心配です。サル痘に限らず、似た事例は今後も出てくるような気がします。

<6月6日付追記>
サル痘、27カ国780人に 感染引き続き拡大とWHO | 共同通信



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