ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

ちばてつやさんの話

 漫画家のちばてつやさんのインタヴュー記事を読みました。ちばさんは生後まもなく両親と朝鮮半島に渡り、その後、当時の満州奉天(現在の瀋陽)の日本人街に移り住みます。父親が働いていた社宅は、レンガ造りの高い塀に囲まれ、「塀の外に出てはいけない」と言われていたのですが、よく塀を乗り越えて、奉天の町の中を歩き回ったそうです。5月6日付毎日新聞・夕刊の記事より一部引用させてください。

特集ワイド:この国はどこへ これだけは言いたい 友情壊す戦争の不条理 漫画家・ちばてつやさん 83歳 | 毎日新聞

……長い歴史の中で、ウクライナとロシアは複雑で密接な関係を築いてきたが、侵攻で亀裂が入った。テレビは、がれきの中で「もうロシア人を友人とは思えない」と涙ながらに語るウクライナ人を映し出す。大切にしていた人間関係が戦争によって裏返ってしまう不条理を目の当たりにして、ちばさんは満州での体験を思い起こしていた。
 「主婦の友」社で働いていたちばさんの両親は、強まる軍部の言論弾圧に嫌気がさし、生後まもないちばさんを連れて朝鮮半島に渡り、その後、奉天(現瀋陽)に移った。一家が暮らしたのは、奉天駅の西側にあった日本人の商工業地区。父が勤めていた印刷会社の社宅は、レンガ造りの高い塀に囲まれ、中には売店や銭湯もあった。両親から「塀の中が安全。外に出てはいけないよ」と言われていたが、外からはふわふわといい匂いが漂ってくる。
 「おなかがすいてるからね。つい吸い寄せられて」。塀を乗り越えては奉天の町を歩き回った。中国の行商人と顔見知りになり、「また来たね。ほら」と野菜やマントウの切れっ端をもらう。「だから僕は、市場が好きだった。おじちゃんたちと仲良くしているつもりだったんだ」。既に37年に日中戦争が、41年に太平洋戦争が始まっていたが、幼いちばさんの目に戦争の影は映らなかった。
 だが、穏やかな日々は徐々に変わる。「おいで」と手招きしてくれていた行商人たちは、ちばさんが近寄ると周りを気にして、切れっ端をそっと渡しながら「あっちへ行け、あっちへ行け」とささやく。子供心に「なんだか冷たいな」と感じた。
 日本兵に道を譲っていた中国人たちが、よけなくなっていることにも気づいた。通り過ぎた日本兵の後ろ姿につばを吐きかけるのも見た。「日本の兵隊さんは、嫌われているんだ」。そう思ったのを覚えている。日本軍の劣勢は現地の中国人に伝わり、日本人の横暴に対する不満が噴出し始めていた。そして45年8月15日、はっきりと立場が逆転した。ちばさんは両親と弟3人と共に日本を目指し、約1年かけて帰国した。

 その道中で、忘れられない光景がある。ある日、軽機関銃を肩に下げた2人のソ連兵が、両親が一時的に開いていた店に入ってきた。見上げるような大男たち。なすすべもなく、母親の陰に隠れた。2人は何かを話しながら、当然のように食品や母の大事にしていた万年筆をポケットに詰め込み、立ち去った。母に守られている安心感はあったが、ソ連兵への恐怖は刻み込まれている。「当時、ソ連兵が日本人を大勢殺しながら攻めてくるという情報があったから、ロシア人と聞くだけで、鳥肌の立つ思いでした」
 国家と国家のバランスが崩れたとき、犠牲になるのはいつの時代も民間人である。それが欺まんのうえに成り立つ国ならなおのことだろう。ちばさんはこう語る。「向こうにしてみたら『他人の家に土足で入って一緒に仲良く暮らそうとは何だ』となる。申し訳ないという思いがありますよ。でもね、軍の偉い人はどうだったか知らないけど、満州では本当にみんなと仲良くしたかったんだ」。ロシアとウクライナでも、築かれてきた家族や友情が引き裂かれている。「一般の人々はお互いに仲良く暮らしていただろうに、為政者の都合やエゴによって引き起こされた戦争のせいで、深く憎しみ合う関係にまで壊されてしまった」。ちばさんは憤りを隠さないのである。
 かつての隣人に対するしょく罪意識、戦争を憎悪する一念から、ちばさんは何度も体験を描き、語ってきた。だからこそ、大いに落胆もしているという。「僕はね、人間はもっと賢くなって、話し合いで解決できる世の中になったと思っていたの。それなのに、80年前に戻ってしまった。権力があって武器があるところが好きにしていいという時代に逆戻りしてしまった。悲しいです。人間は恐ろしい。……

 小生ももっと世の中というのはよくなるものだと思っていました。冷戦が終わった1990年代、歴史学者の和田春樹さんが「世界戦争の時代は終わった」と書いていて、そうあってほしいという願望もあったし、実際問題として「第三次世界大戦」のような世界を巻き込む大戦争はもう起こりえないように感じていました。あらゆる情報が瞬時に飛び交い、隠し事をしてもすぐにばれてしまう公開性の世の中で、世界中の人びとの平和を求める声を無視して政治家が秘密裏に勝手に軍備を増強するとか、他国を侵略するとか、そうした不合理で非人道的な行為はできなくなるとも思い込んでいました。
 とはいえ、政治家が秘密裏に事をできないのは、彼らに良識があるからではなく、人びとに怒られるからで、怒られなければいくらでも隠すこともわかってきました。さらに、隠し通せなくなって、いかに不合理かつ非人道的な行為に手を染めていたかが分かったときでも、人びとが怒られなければさらに調子にのって、やがては、平然と嘘をつき、そして、開き直る。さらには自分の周りに集めたシンパを使って、世論誘導をしながら、なお批判をやめない一部の人びとに容赦ない攻撃を加えることも知りました(これは日本やロシアだけではありません)。
 相互作用や相乗効果はあるにしても、結局、こういう蛮行は政治家によって突然始まったように見えて、実は人びとの側が徐々につくりだしてしまうもののように思えます。政治の悪行に向かうべき怒りがねじ曲げられ、内へ向かえば、それに引き裂かれて苦しむのもまた、人びとの側です。

 昨日草刈りを終えて、夕方車で戻ると、ちょうど出入口に犬を連れた女性がいて、道幅が狭いので、ささっと犬を連れて道を譲ってくれました。自宅に入って入口の方を見やると、ひょこっと顔を出しているので、「ども、助かりました」と言ったら、微笑んで去って行ったのです。たぶん、ちばさんと中国人の行商のおじさんの出会いもこんな感じだったのでしょう。しかし、善意で始まった関係が当人たちとは全く関係のない「悪意」によって疎遠にされていく。

 「戦争は忘れた頃にやってくる」とか、「愚行はくり返される」とか……。でも、地震や世代交代のように語る話ではないと思います。





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