ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

真野森作『ルポ プーチンの戦争』

 今日で(やっと)北京オリンピックも終わりです。カーリングって2週間ずっと競技をしてきたことになるんですね。本当に本当にお疲れ様。あと一息です。
 しかし、終わったとたんに世界が望んでいないことが現実化するかもしれません。非常に心配です。

 『ルポ プーチンの戦争』を読んでいます。今の危機的状況と話が重なります。忘れかけていましたが、8年前の2014年3月、ロシアはウクライナクリミア半島の併合を宣言し、ウクライナ東部では親ロシア派とウクライナ政府軍が内戦に突入、「ウクライナ危機」と呼ばれる情勢となりました。今でも、親ロシア派勢力が強いウクライナ東部のドネツク州とルガンスク州は「独立国」を宣言していて、クリミア半島同様にロシアへの併合を望む声があります(もちろんそうでない人もいます)。

 著者の真野さんは2013年から2017年までモスクワ特派員を務めていた毎日新聞の記者で、現地を跳び回りながら、考えや立場の違う当事者たちの声を丁寧にすくい上げています。本当に丁寧に、です。おかげでだいぶ構図が見えてきたような気になりました。
 「危機」の原因や始まりをどこにおくかで見え方も変わってくるでしょうが、親ロシア派の大統領だったヤヌコビッチ氏が失脚し、首都キエフから脱出して以降を「危機」ととらえると、たとえば、ウクライナ東部の親ロシア派の人の意見はこうです。

 キエフの政権は混乱に乗じてウクライナ民族主義者に乗っ取られた(親ロシア派は彼らを極右とかファシストなどと呼んでいます)。彼らは我々にウクライナ語を強制してくる。ロシア語を話す権利を守りたい。
 ・ウクライナでは西部の人間は外国で働いて税金を納めず、東部の人間の税金で食っている。自分たちの税金がキエフに流れず、ここで活用されるようにしたい。
 ・今の状況では、まともな仕事、まともな給料、まともな生活は望めない。クリミア半島のようにロシアの一部になった方がうまくいく。

 東部はクリミアほどではないにしても、ロシア語を母語とする人が大多数なので、当初キエフ政権がロシア語を公用語から外そうとしたことは、住民の憤激を買ったようです。しかし、その一方、東部ウクライナでロシア語を主に話す住民であっても、分離独立やロシアへの併合には賛成しない人もいます。若い世代は特にそうです。

 ドネツク州はウクライナ領であるべきだ。分離主義の考えは国の分裂を招いて状況を悪化させるだけだ。
 ・国の東西の分断が進むのはよくない。経済的にも利点はないと思う。
 ・欧州とロシアと、どちらと接近すべきかと問われれば欧州だ。私たちは新しいものを必要としている。ロシアと接近しても今のウクライナと同じで古いままだ。ただ、隣国のロシアとの友好や経済関係は維持されなければならない。

 ある社会学者の調査によれば、当時、ドネツク州でロシアへの編入を望む住民は18~25%とのことでした。
 ドネツク大学のイーゴリ・トドロフ教授(国際関係論)の分析が紹介されています。

 「クリミアで起きたことと、ドネツクなど東部で起きていることは、外見上似ているが実態は異なる。クリミアでは多くの住民が強い親露感情を抱いていた。だが、東部では分離独立やロシア編入まで求めていた勢力はほんの少数に過ぎず、彼らは選挙にも参加してこなかった。クリミアでは武装勢力の存在を背景にしながらも、議会の多数派が住民投票の実施を決定して一応の正統性を与えた。ドネツクで同じことは起こしようがない。そこで、州議員でもない親露派活動家が州政府庁舎を占拠し、何の正統性もない「ドネツク民共和国」なるもの(「独立国家」)を創設したのだ。
 今起きていることはロシアの特殊工作とみて間違いない。プロの扇動家や組織活動家が大勢入り込み、地域の非主流層を動かしている。
 …ヤヌコビッチ(大統領)政権下でこの国は段階的にロシアに浸食されてきた。ウクライナ東部の治安機関幹部は、ロシア連邦保安庁FSB)の強い影響を受けるようになり、彼らはロシアのエージェントと言って良いほどだ。親露派が早い段階で治安機関の庁舎から銃器を強奪できたのは、当の幹部たちがそれを許したからとしか考えられない。占拠された庁舎内にドネツク州の住民はいるが、ドネツク市民はほとんどいない。経済的に不遇な近郊の炭鉱町の住民や、ソ連時代への郷愁を抱く年金生活者ばかりだ。彼らは現代のロシアにソ連を重ね合わせている。州庁舎から100メートルも離れれば、普段どおりの市民生活が続いていると分かるだろう。
 私の大学の同僚が今年3月末にドネツク市で実施した社会意識調査によると、分離主義への支持率は約10%だった。2月の調査では親露感情を抱く人々の割合は33%で、全体の3分の2は統一されたウクライナを支持している。ちなみにクリミアでは42%が親ロシアで、やはり過半数ではなかった。ドネツクの住民の大半は大きな変化を望んでいない。もし、ロシアへの編入が広く支持されているならば、もっと大勢が州庁舎に集まっているだろう。現実には庁舎の周辺以外には分離主義の支持者は存在しない。
 別の同僚が昨夏に実施した調査では、55歳以上のドネツク市民の6割は『自分はロシア系だ』と認識している。一方、18歳から25歳の若年層では75%が『自分はウクライナ人』と認識している。私も民族的にはロシア系だが、ウクライナ人と自己認識している。複雑だがそういう実態がある。
 ……プーチン政権の狙いは東部の編入ではなく不安定化だと私は見ている。編入を支えるだけの財政的余裕がロシアにはないし、編入を強行すれば欧米によるエネルギー分野への経済制裁など大きな代償が伴う可能性が高い。ロシアはウクライナを不安定な状態に保つことで、圧力をかけ続けられる。プーチンの意図はウクライナを事実上の属国にすることだ。欧米や日本など各国政府には、ウクライナを守ることは自分たちを守ることだと理解してほしい。」

                       (以上、同書、122-135頁)

 親露派のなかにはこんな本音を漏らす人もいると紹介されています。

「みんな砲声に疲れている。砲撃でいつ商店が閉じてしまうか分からないので、買い物は朝一番に。現金自動預け払い機はほとんど停止しているので、動いていればどこでも大行列。(独立を称しているドネツク)人民共和国は『ウクライナと同額の年金を払う』と言っているけど、どこにそんなお金があるのか。…町からは車も人も減ってしまった。今になって(独立は)『だまされた』『ロシアに編入できると思っていた』という人たちがいるけれど、投票の時点で気づくべきだった。学校や大学も休止中。子どもたちが自分から学校に行きたいと望む日が来るなんて思いもしなかった……」(同書、211頁)

 結局、ウクライナを欧米に対する盾にしたい「大国」のエゴが思い通りにならないために、ロシアはウクライナとの国境沿いに兵力を集結させてキエフ政権に圧力をかけているというのが現状のようです。しかし、エゴは見栄を呼び、見栄は意固地につながります。ほんの偶発的な出来事であったとしも、一旦火がついたら止まらなくなるのは、過去の例が証明しています。どんな形であっても、武力衝突だけはダメです、絶対に。

筑摩書房刊 2018年12月 397頁)



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