ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

「幸福」について

 昨日の朝、NHKの「目撃!にっぽん」というドキュメンタリーを見ました。先日高裁判決がありましたが、元TBS記者・山口敬之氏から性的暴行を受けて裁判をしている伊藤詩織さんの5年間を追ったものです。
 おこがましい気がしますが、伊藤さんには深く同情しますし、「なぜ自分が」という自問を続けながら今日まで歩んでこられた姿に敬服します。おこがましさついでに言いますと、こういうケースで、この国で声を上げると、どういう理不尽なことが起こるのかも再認識させられました。それは、伊藤さんを支えようとする外国の人は顔出しで紹介はできても、日本の人の場合は、いるのに紹介しない(できない)ことが暗示しているように思えます。そもそも、日曜早朝の人目につかない時間帯にこっそりと放送しなければならないNHKの、このアリバイ的な公共放送のあり方がそれをよく示しています。いや、そうではなく、NHKはまだ良心的で、たとえこうした形であっても、何とか放送にこぎつけたのだと、評価すべきなのでしょうか。とても残念な気がします。

目撃!にっぽん - 番組表.Gガイド[放送局公式情報満載]


 話は変わりますが、ネットを眺めていて、2016年7月10日付の朝日新聞「声」欄の投書を紹介している記事やTweetを見かけました。前から話題になっていたもののようですが、アンテナの低い小生は全然気づきませんでした。この投書は、当時21歳のベトナム人留学生が書いたもので、以下のとおりです。引用させてください。
Twitterの元記事:Ud (@ORENO_YURIMARU) | Twitter

「日本人の幸福って何なの?」
私は日本に来るまで、日本は立派な偉大な国だと思っていた。来日当初も、街の発展ぶりや人々の生活の豊かさを見て、私の国ベトナムとの差は大きいと感じた。きっと日本人は自分の国に誇りを持ち、幸せだと感じているのだろうと思っていた。
しかし、来日から10カ月が過ぎた今、実はそうではないように感じる。日本は、世界でも自殺率が高い国の一つだという。電車の中では、睡眠不足で疲れた顔をよく見る。日本人はあまり笑っていないし、いつも何か心配事があるような顔をしている。
日本人は勤勉で、一生懸命働いて今の日本を建設した。でも、会社や組織への貢献ばかりを考え、自分の成果を自分が享受することを忘れていると思う。ベトナムはまだ貧乏な国だが、困難でも楽観的に暮らし、めったに自殺を考えない。
経済的豊かさは幸福につながるとは限らない。日本人は何のために頑張っているのか。幸福とは何なのか。日本人自身で答えを探した方がいいと思う。

 そういえば…と、むかし学校にいた頃、授業開きの最初に「幸福度」の話をしたことを思い出しました。当時のプリント原稿を見ると、自分で書いたものなのに、どこか他人が書いたもののような感じもします。ひとたび発信して自らの手を離れたものは、すでに「ひとり歩き」しているのかもしれません。少し手直ししましたが、参考までにご一読いただければと思います。

幸福度とは何だろうか?
 地球幸福度指数(HPI)というのがあります。平均寿命、生活の満足度、地球環境との共存という3つの要素から計算するものなのだそうです。イギリスのニューエコノミックス財団が発表していて、そのランキングによれば、イギリスは41位、日本は45位です。今回(2012年)、アジア圏で最上位となったのが、第2位のヴェトナム(2009年:平均寿命73.7歳、生活満足度指数6.5)で、第1位となったのが中央アメリカのコスタリカ共和国(2009年平均寿命78.5歳、生活満足度指数8.5、消費エネルギーの99%が再生可能な資源)です。
 コスタリカ共和国は、1948年に憲法で軍隊を廃止した世界初の国で、ラテンアメリカでは比較的民主主義の伝統のある国として知られています。また、「中南米の花園」と呼ばれるこの国には、地球上の全動物種の約5%が生息するとされていて、国土の1/4が国立公園や自然保護区に指定されています。
 生活満足度というのは主観的で相対的なものですから、生活が近代化していなくても、満足だという思いがあれば高くなりますし、逆に、開発が進んで便利な生活をしていても、貧富の差が大きかったり、日々のストレスが強かったりすれば低くなります。また、環境負荷が大きければ指数は小さくなりますから、世界一の石油消費国であるアメリカは下位になってしまうのです。開発と発展の程度に関係なく、貧富の差を少なくし、自然エネルギーの活用に努め、鉄鋼もコンクリートもリサイクルをして、地下資源を使わないようにすれば、地球幸福度指数は向上します。戦争や軍備の拡張などはもってのほかということになります。
 この地球幸福度指数が、本当に人間の幸福度を表しているかどうかには、批判や疑問も寄せられています。しかし、一つの指標として幸福度を表そうとする試みにはそれなりの意義があるでしょう。それは、私たちが「幸福」とは何かを考えるきっかけになるからです。
 日本の45位にはそれほど違和感を感じないという日本の人は少なくないかもしれません。平均寿命は世界1位で、かつ世界3位の経済力を誇るのに、日本で暮らしている人々の生活満足度はそれほど高くはないのです。エコカーへの取り組みなどは世界の最先端にあります。地球環境との共存についても高い技術力をもっています。それなのに日本ではそれらが幸福度にはつながらないのです。
 改めて、「幸福」とは何だろうか、と考えます。
 もし、幸福度を国レベルで測れるのであれば、都道府県別に測って順位をつけることも可能ですし、同じ県であっても、市町村別で順位をつけることもできるはずです。大阪大学が2006年に調査した都道府県別の幸福度調査というのを参照すると、1位は兵庫県、2位が熊本県、続いて、岡山、滋賀、佐賀、福岡…などと続き、最も低い方からでは、47位が徳島県鳥取、高知、石川、青森などと続きます。1位の兵庫県の幸福度6.9と、最下位の徳島県の5.5には、約1.3倍の開きがあります。ちなみに、この調査では、所得のデータもあり、最も所得が高いのは、東京都で290万円、最下位の沖縄県は130万円で、約2.3倍もの開きがあります。しかし、幸福度は東京都の6.5に対し、沖縄県は6.4で両者にはほとんど差がないのです。幸福度で1位となった兵庫県は、所得順位は6位、最下位となった徳島県は、所得順位は40位です。最も所得が低い沖縄県の幸福度は9位です。
 地球幸福度指数によって順位づけされた国を見ても、概して先進国の順位は低く、途上国の順位は高い傾向があります。ここから少なくとも、「豊かさ」と「幸福度」は必ずしも一致しないのではないかと思えてきます。これは個々の会社におきかえても同じことかもしれません。お客の少ない小さなお店で生き生きと働いている人もいれば、たとえ、有名な大企業であっても、社員が眉間にしわを寄せ、上司や会社の文句ばかり言っているところもあります。日本にくらべて経済的に豊かとは言えないアジアの国々の子どもや若者たちの目が輝いているように見えるのも偶然ではないかも知れません。
 幸福度とは何でしょうか。それは、「楽しい」がキーワードのような気もします。「楽しい」は必ずしも「楽」を意味しているわけではありません。個々人に苦しいことがあったとしても、それを「楽しく」やれる環境があり、将来「楽しく」なる可能性が感じられる…。それは少なくとも幸福の一部ではないかと思うのです。

<以下略>

 ベトナムの人やコスタリカの人が、自国で伊藤さんのような人が現れたら、どう行動するだろうかと考えてみるに、個々の人はともかく、日本という国の全体的な「幸福」感と伊藤さんへの理不尽な対応には、何か相関があるような疑念をもってしまいます。的外れなこじつけであってほしいと思いますが…。

 

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