ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

大阪府と読売新聞の提携のこと

 先月下旬に発表された読売新聞と大阪府の提携(包括協定)話には危惧や批判が多い。協定では「包括」的と称して、取材や報道を他のものと混ぜ込んでごまかしているが、最重要のポイントは、何か事がわかったときに、読売は新聞として大阪府を批判する報道ができるのか、行政監視ができず(報道の公正さが保たれず)、府の御用新聞(広報紙)となるのではないか、ということかと思う。協定書には「取材、報道、それらに付随する活動に一切の制限が生じない」、府は読売新聞社に対し「優先的な取り扱いがない」と明記され、記者会見でも、吉村・府知事、柴田・読売新聞大阪本社社長の二人とも、当然のようにこれを否定している。しかし、否定しているから大丈夫という話でもない。

 新聞でこのことを知ったとき、柴田社長の「やわな会社ではない」というコメントが少し頭にひっかかっていた。前後の文脈がわからなかったが、記者会見の模様を「InFact」編集長の立岩陽一郎さんの記事により知ることができた。以下、引用。

読売新聞と大阪府との包括協定で問われるジャーナリズムの役割(立岩陽一郎) - 個人 - Yahoo!ニュース

…既に予定の20分に近づいていたが、私(立岩)は挙手を続けた。すると意外にもあてられた。恐らく府庁クラブの記者は挙手をしていなかったのだろう。勿論、読売新聞の記者は質問する筈がない。

私はまず柴田社長に、「メディアの中で問題になっているのは、取材先から圧力がかかるというよりは、メディアの中で自己規制が働いてしまうという部分ではないか」と伝えた。……「今回、万博についての話も入っているが、記者、デスクの中に自己規制が働くという懸念は無いのか?」
これは協定書の、⑤の地域活性化に、「2025年日本国万国博覧会の開催に向けた協力」と書かれていたからだ。万博の開催に問題はないのか?それを検証する役割の報道機関が「協力」となると、必然的に、批判的な検証はしにくくなる。

そして吉村知事には、「大阪府と言う巨大な行政機関が、1つのメディアと特別な関係を結ぶというのは良くないと私は思うが、知事に懸念は無いのか?」と問うた。「私は思う」と二度強調したのだが、それは質問というよりも、懸念を伝えるという趣旨からだった。

柴田社長「やわな会社ではない」
…「懸念を持たれるむきはよくわかる。立岩さんもご存知の様に読売新聞、そうそうやわな会社ではないし、読売新聞の記者行動規範には、「取材報道にあたって社外の第三者の指示を受けてはならない。また特定の個人、団体の宣伝や利益のために事実を曲げて報道してはならない」と定められている。これに沿って公正にやるということになっている。取材報道にあたっての判断、これが是なのか非なのか、これは大阪府の行政の政策においても、それは主体的に読売新聞が判断をして、望ましいと思えば、望ましいと書くし、おかしいと思えばおかしいと書く、この姿勢は一切今後も変わらない」
 読売新聞の記者規範は、8条からなる読売新聞記者が守るべき倫理規定だ。それを持ち出したということは、柴田社長もそういう懸念が出ることを想定したということだろう。
加えて万博取材については次のように話した。
「万博に関しても問題点はきちんと指摘し、或いはここは伸ばしていけば良いという点は提案する。そういう形の是々非々の報道姿勢というのを主体的に貫いていくつもり」

吉村知事「やわな考え方を持っていません」
そして吉村知事。
「取材報道については当然、自由だと思っているし、我々、行政機関として当然、監視もされ、それをメディアの皆さんが言いたいことを発信する、それこそが報道機関だと思っている。我々がこの提携を結んだからと言って、何かこれによって左右されるものは全く無いと思っている」。
更に続けた。
「報道の権利。憲法21条の知る権利というのは民主主義にとって非常に重要なものだと思っている。今回の提携において何か左右されるものでもない、と思っている」
そして力を込めて言った。
「そんなにやわな考え方を持っていません」…
吉村知事は更に続けた。
「僕も常に質問が無くなるまで毎日、記者の質問を受けてやっているわけなので、今回の協定は全くそれとは関係ないという考え方だ」
また、次の様にも。
「どこと提携を結ぶのかは実務的に進めているので、僕自身が判断したところは一つも無い」
自分が読売新聞をパートナーに選んだわけではないという説明だ。では、朝日新聞毎日新聞、或いは毎日放送といった比較的、日本維新の会と距離を置いている報道機関も選択肢に有ったということか。
それを尋ねようとおもったが、「時間の関係で最後の1問とさせて欲しい」とのお決まりの進行となり、…松本氏松本創・ジャーナリスト)が最後の質問者となった。松本氏の質問は以下の4点だった。

・協定はどちらから始めたのか?
・「ウインウイン」とは?
・記者が委縮しないとはどうして言えるのか?
・他にも協定は拡げるのか?

柴田社長の答えは以下だ。
大阪府と議論する中で包括協定というのが有るということになった。どちらからというのは時系列では把握していない」
ウインウインについては。
「報道機関と行政ということでウインウインというと様々なご懸念が出てくるわけですが、新聞社というのは報道もするが、それ以外の例えば、教育、活字文化を広めていく活動とか、取材報道以外の活動もしている」
更に説明を続けた。
「そうした活動がまわりまわって新聞を読んで頂ける方、新聞に親しんでいただける方、活字文化に幼少の頃から親しんで頂くことができる。それは新聞社にとってみれば、将来的にはウインウインの関係。報道と行政の施策がウインウインということではなく、地域社会と向き合っている大阪府の行政に我々が持っているリソースで何か協力できることがあれば協力をさせて頂く、と。その結果、まわりまわって我々の様な新聞社のような活動をしているところにとっても、それに(新聞・活字に)親しみを持ってくれる方、または応援してくれる方が増えていく。そういう意味でのウインウインの関係を構築していきたいというのが協定の趣旨」

記者の委縮については。
「委縮しないのか?と言われれば、『委縮しないでしょう』としか言いようがない。どういう報道をするかというのは私以下、編集権を持っている上司の者たち、或いは一人一人の記者が・・・そんな簡単に忖度していうこと聞く記者ばかりじゃありませんから。きっちりと厳しい目で事実に基づいて報道していくことになる」
協定の対象を今後拡げるのかについては、現在は何も決まっていないとの答えとなった。

問われるジャーナリズムの役割
この包括協定とは何か。大阪府によると、これまで40社余の企業と包括協定を結んでいる。以下がその一部だ。

 ・ローソン  ・イオン  ・セブンイレブン
 ・ファミリーマート  ・りそな銀行  ・大阪信用金庫
 ・NEXCO西日本  ・大塚製薬  ・関西ぱど
 ・損保ジャパン  ・ヤマト運輸  ・佐川急便
 ・トヨタ  ・三井住友海上  ・東京海上日動
 ・いずみ市民生協  ・ほっかほっか亭  ・日本生命
 ・第一生命  ・住友生命 など

このうちメディアとしてはFMラジオ局が1社入っているが、行政監視が求められる報道機関としては読売新聞が初めてとなる。この一覧に読売新聞が入ることに、読売新聞の記者は違和感を覚えないのだろうか?
記者時代の柴田社長を知っている…。確かに、柴田記者は忖度するようなやわな記者ではない。しかし、そういう問題ではない。柴田社長も吉村知事も「やわ」ではないと強調した。私はそうした個人の資質に対応を求める点にこそ問題が有ると感じる。

逆に、こうとも言える。報道機関を骨抜きにする力も「やわ」ではない。しかも、狡猾だ。
加えて、ことは読売新聞だけの話ではない。既にジャーナリストの有志がこの協定に反対する声を出し始めている。
ジャーナリズムと権力との距離が世界的に問われている。今年のノーベル平和賞の受賞者の2人が何れもジャーナリストだったことはその象徴だ。こうした中で日本を代表する新聞社が、監視対象である巨大行政機関と提携するという動きは、世界から見ればジャーナリズムの自殺にも等しい行為に見えはしないか?
私は東日本大震災の時、アメリカにいた。その時、日本で取材して帰国したアメリカのジャーナリストが口々に、「日本の記者は政府の記者会見でも、TEPCO(東電)の記者会見でも質問をしない。ひたすらパソコンを叩いていた」と発するのを耳にして悔しい思いをした。「日本の報道機関は政府にやさしい」と新聞に書かれたこともある。
柴田社長に言いたい。この協定は、そうした印象を更に強めるものになる。それは日本の報道機関の信用の低下にもつながるだろう。会見で何度も聞かれた「当然」という言葉を使うならば、当然、それは日本のジャーナリズムにとって良いことではない。


 新聞などのジャーナリズムはかつて「第四の権力」と言われたこともあるが、ここに至って権力抑制の理念は完全に溶解した感じがする。そんな理念よりも、まずは「商売」ということなのだろう。新聞社も営利事業をする経営体である。新聞を売る以外にも、多角的に事業展開をしたい。そうでないと、紙の新聞の行く末はもう明白で、このままでは宅配制度は維持できないし、会社の存亡にかかわる。
 他方、行政体であるはずの自治体も首長をトップとする経営体に近づいている。ふるさと納税(の返礼品)で見えてきたのは、いかにその自治体を売り込むか、魅力をアピールするかである。そしてまた、「社長」である首長にとっては、投票用紙に自分の名前を書いて投票してもらうことは、自分という商品を有権者に買ってもらうのとほとんど同じことで、そのために最も効果的な(視聴者・購読者の多い)広報手段を利用するのは当然という話になろう。維新・大阪府はそういう姿を体現している。ウィン・ウィンとはそういうことだろう。

 しかし、ジャーナリズムが行政の中立と公正性を監視しないとどうなるか。特定の企業が行政のお墨付きを得て商売がやりやすくなったら、そうでない他の企業は当然割を食うことになる。こんな不公平を公然とやられて、依怙贔屓が当たり前の空気が社会に染みわたったら…。いや、もう十分すぎるほど染み渡っているのかも知れない。監視がゆるいから、アベスガ政権でその土壌は踏みかためられてしまった。だから、行政と新聞社の提携などということを平気でやるようになったのだろう。これではさらに腐敗が進むだけではないだろうか。
 大阪府と読売新聞の提携はそういうメッセージ性を帯びている。「やわではない」から大丈夫、いいんだという話ではない思う。


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