ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

映画「ユダヤ人の私」

 「ユダヤ人の私」というドキュメンタリー映画が今週末20日(土)より岩波ホールで公開される(2022年1月14日まで)。ホロコーストナチスなどによるユダヤ人虐殺)の生存者の語りを記録した貴重な作品。前作「ゲッベルスと私」(2018年)に続くシリーズ第2弾。原題「Ein judisches Leben(一ユダヤ人の生涯)」。

 語り手のマルコ・ファインゴルト氏の紹介
1913 年にハンガリーで生まれウィーンで育つ。小学校の教師が反ユダヤ主義者だったため登校を拒否する。1938年、ビジネスで滞在していたイタリアから一時帰国すると、アンシュルス(ドイツ=オーストリア併合)によって反ユダヤ主義が急速に広まる。1939 年、ゲシュタポに逮捕され、1945年まで4つの強制収容所に収容される。終戦後はユダヤ人難民の人道支援と公演活動に取り組む。オーストリア人最年長のホロコースト生存者としてザルツブルクユダヤ協会会長を長年務め、その功績に多くの栄誉ある章が与えられる。2019年9月19日に、106歳でその生涯を閉じた。
(出所:8月21日付 ORICON NEWS)
ホロコースト生存者の貴重なドキュメント『ユダヤ人の私』予告編(オリコン) - Yahoo!ニュース


11月15日付NEUT Magazineの記事にフロリアン・ヴァイゲンザマー氏、クリスティアン・クレーネス氏、両監督へのインタヴューが載っている。以下、部分引用。

社会が右傾化していった様子をユダヤ人男性が独白。『ユダヤ人の私』監督インタビュー | NEUT Magazine

2人の意外な共通点
 ゲッベルスと私』では、1942年から1945年の間にナチスの宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッべルスの秘書として働いていた女性ブルンヒルデ・ポムゼルが当時の記憶を語った。「なにも知らなかった 私に罪はない」という映画のキャッチコピーが表しているように、社会で起こっていることに“無関心”な彼女はナチスの宣伝大臣の秘書となった。そういった形で20世紀最大の悲劇の一つ、ホロコーストへ無自覚に加担した様を描いていた。
 『ユダヤ人の私』では、アウシュヴィッツを含む4つの強制収容所に収容されたユダヤ人男性、マルコ・ファインゴルトに光が当てられる。クレーネス監督は、2人に共通点を見出していた。

 クレーネス一つの出来事に対する2人の人間の全く違う視点を描いた2作ですが、同時にたくさんの共通点をみつけられます。2人とも野心があって、友達と遊んだり、ダンスをしたりするのが大好きで、人生を楽しんでいた。そして政治に無関心だった。しかし、彼らがたどり着いた場所は全く違いました。ポムゼルは政府機関の秘書となり、ファインゴルトは収容所に送られました。

 兄弟や両親との思い出でいっぱいの幼少期から始まり、ダンスに熱中した思春期、ビジネスを成功させ旅を続けた20代、収容所に収容された6年間、そして戦後の国との闘い。時にユーモアを交えながら熱を帯びた口調で自身の体験をファインゴルトは語る。
 収容されていた6年間よりも、それ以外の人生の話が多かったのが印象に残った。勝手なイメージではあるが、ホロコーストの時代についてユダヤ人男性が語る映画の内容としては少し意外だった。それには監督たちのある意図があった。

 ヴァイゲンザマー戦前と戦後の話をちゃんと描くのが重要でした。なぜなら悲劇は一夜にして起きたのではなく、段階を経て起こったことだったからです。そのプロセスを描きたかった。反ユダヤ人主義はナチスが生み出したわけではない。彼らはもともとあったものを利用しただけです。1945年の終戦でそれが急に終わったわけでもない。戦後、ナチスだった人々は医者や弁護士や教師として仕事に戻っていきました。歴史を語りづづけたファインゴルトは生涯嫌がらせの手紙やメールを送られ続けました。そのなかにはごく最近の2年前のものもある。

 クレーネス私たちは当時の雰囲気を現在のヨーロッパ、そして世界中に感じています。世界は右傾化している。反ユダヤ人主義や人種差別は世の中に溢れている。だからこの映画は歴史だけでなく、現在も映しているのです。

前作の成功の意味
 日本では岩波ホールでロングランヒットを記録した『ゲッベルスと私』だが、世界でもその反響は大きかった。13カ国で公開され、書籍化されたものは20カ国で翻訳され、演劇にもなり11カ国で公演された。この成功は「予想外だった」と話す監督たちだが、同映画が現代社会を生きる私たちに重要な問いを投げかけているからではないかとヴァイゲンサマー監督は分析する。

 ヴァイゲンサマー映画が成功したのは、これまでになかった問題提起をしていたからではないでしょうか。ホロコーストの歴史を振り返ると、いうまでもなく加害者と被害者がいますが、ポムゼルはその中間に存在した多くのドイツ人の立場を表していたと言えます。ナチスを信仰しているわけではないけれど、自分のキャリアや利益だけを考え、社会の流れに身を任せることでナチスを支援してしまった人々。彼女の話からは、無関心でいると、いとも簡単に邪悪な体制の一部になってしまうことが分かったと思います。そして彼女のストーリーから、現代を生きる私たち自身への問いが生まれます。自分の社会での役割は? 自分が働いている会社は社会にどんな影響を与えているのか?
…… 
 103歳で出演したポムゼルと106歳で出演したファインゴルト。第二次世界大戦の体験を語れる人々は年々減っている。オーストリアのある調査報告によると、10代の若者の40%がホロコーストで600万人のユダヤ人が殺害されたことを知らなかったという。時間との勝負だというこのシリーズにおいて、「映画監督として、歴史を未来に残すことは私たちの使命であり、とても重要だ」と話すクレーネス監督。
 この映画には適した語り手をみつけることが欠かせない。何日にもわたり長時間行われる身体的に負荷の多い撮影にファインゴルトが出演を了諾してくれたのは、前作を気に入ったからだった。

 クレーネスマルコは『ゲッベルスと私』を気に入ってくれました。ポムゼルよりも良いパフォーマンスをしたいと、それが彼のモチベーションになりました。 

 ヴァイゲンサマーもちろん、彼女のストーリーには批判的でした。でも彼はいろいろな意見に対してオープンな姿勢を持った人間でした。彼はできるだけ多くの人がストーリーを語り、文に残すことが大切だと信じていました。そして誰もが意見を変えられるのだとよく話していました。彼の住んでいたところに収容所に連れて行かれた人たちの名前を記したモニュメントがあったのですが、それを黒く塗りつぶした人がいました。その人は捕まったのですが、ファインゴルトは刑務所まで行ってその人と会話をしました。議論することは彼にとってとても大事なことだったのです。

歴史を繰り返さないために
 取材中、2人は一貫して現代社会への危機感を強調した。『ゲッベルスと私』と『ユダヤ人の私』は、歴史についての映画である。しかし、その歴史がまさにそう遠くない未来で繰り返されるのではないかというリアリティが監督たちにはあり、映画を介して警報を鳴らし続ける。

 ヴァイゲンサマーオーストリアでは人々は政治に興味を失い、投票率も下がっています。結果として右翼的な政治家が社会に入り込む隙を与えてしまっている。人種差別が蔓延し、ヨーロッパでは人々が難民を恐れている。何を恐れる必要があるというのでしょうか。その恐怖は簡単に利用されてしまいます。今の社会の雰囲気は第二次世界大戦の頃とよく似ている。そして世界中で同じことが起こっていると思います。良くない方向に進んでいるように感じてしまいます。

 2021年10月31日、日本では第49回衆議院議員総選挙が行われた。小選挙区投票率は戦後3番目の低い水準にとどまった。「日本人は政治に関心がない」と言われているが、日本の有権者は、監督たちの声に耳を傾けるべきではないだろうか。
 ポムゼルのストーリーは無関心が招く最悪のケースを描き、ファインゴルトのストーリーはいとも簡単に社会が変動してしまうことを教えてくれた。そしてナチスの歴史を振り返れば明瞭だが、一度大きく舵を切った社会を元に戻すのは非常に難しい。その前に私たちには何ができるのだろうか。

 クレーネス歴史を忘れてないけません。歴史を忘れてしまったら、過去が私たちの未来につきまとうでしょう。

 ヴァイゲンサマー常に警戒していなければいけないと思います。投票すること。能動的に民主主義に参加すること。近頃人々は政治に興味をなくしているといわれています。自分たちが何かしたところで何も変わらないと。でもその考え方は危険です。民主主義は常に変化しているものです。それを守り、進歩させていかなければならない。それに終わりが来る日はないでしょう。元には戻れないところまでいってしまったらできることは少ない。法律や制度が変わってしまったら抵抗することは容易ではない。その前に私たちみんなが止めなければいけないのです。
 
 ヴァイゲンサマー監督は「オーストリアでは人々は政治に興味を失い、投票率も下がっています。結果として右翼的な政治家が社会に入り込む隙を与えてしまっている」と危機感をあらわにした。そのオーストリアでは先月、世論調査会社やメディアグループに公金を払い、有利な世論形成をはかった疑いを受けて、首相が辞任している。
 翻って日本はどうか。Dappiのことに加え、茨城6区の自民党候補「日当5,000円」の公職選挙法違反(有権者買収)問題など、こんな大問題が大手メディアではほとんど話題にもならないのである。
「日当5000円問題」渦中の岸田派議員に浮上したもう一つの疑惑(FRIDAY) - Yahoo!ニュース

<追記>
 今朝の毎日新聞のコラムでもこの映画のことが取り上げられていたので、参考までに。
火論:「無意味な権力志向」=大治朋子 | 毎日新聞




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