ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

「パンと塩は断れぬ」

 ロシア語のことわざを眺めている。日本語にも同じ意味のことわざがあるなと思えるものがいくつもあるが、そのズレやちがいがおもしろく感じる。

 たとえば、「猫にとっていつもバター祭りがあるとはかぎらない」というのがある。「バター祭り」とはロシアの春の祭り、マースレニッツァのことで、カトリック文化圏のカーニヴァル(謝肉祭)に当たる。ロシアでは、猫はバターが大好物と見られている(日本の猫もバターが嫌いなことはないと思うが……)。ここでは、猫を例に出して、人生、ご馳走にありついてお祭り騒ぎをしているときばかりではないぞ、と言いたいらしい。日本語だと、さしずめ「楽あれば苦あり」というところか。

 あるいは、「最初のブリヌィは団子になるもの」というのもある。「ブリヌィ」は小麦粉やそば粉を丸く薄く焼いたクレープのようなもので、バターを塗ったり、ジャムやチーズ、イクラ(魚卵)やニシンなどをくるんで食べる。上の「バター祭り」につきもののめでたい食べ物で、日本の正月のお餅みたいなもの。しかし、初心者が焼こうとすると平らで薄くきれいに焼けず、丸まって団子みたいになってしまうからだろう、物事のはじめに失敗はつきものという意味らしい。日本語で相当するのは、「失敗は成功のもと」か。

 そんなことわざのひとつに「パンと塩は断れぬ」というのがある。ロシア人のお客に対するもてなしはけっこうすごい。一度だけ経験したことがあるが、とにかく料理も酒もハンパないほどすすめられるので、胃袋が3つあっても足りないくらいだ。「パンと塩」ではご馳走というには貧粗だが、これはもてなしの象徴であって、かつては遠来の客に麦の穂と塩をお盆に載せて大歓迎の意を表する習慣がウクライナにはあったのだという(……ロシアではないけれど、まあ同じスラヴ語圏ということで)。

 以下、船木裕『ロシア語 ことわざ60選』(東洋書店 2010年)より引用。

 パンはライ麦からつくられる黒パンが庶民の常食であるが、穀倉地帯のウクライナでは婚礼の席で、丸くて大型の白パンが新郎新婦に進呈されるという。この場合は幸福な家庭の象徴としてやはり塩を添えて供せられる。また、実際にパンに塩を振って食べる習慣がある。
 歓待を受けてそれを断るものはない。そこから、もてなしを受けたからには頼まれごとを断れない意味ともいう。

(同書、118頁)


 総務省の接待問題では、この「頼まれごと」について、食事はしたが具体的な請託は受けていないとか、単なる懇談だとか、顔つなぎだったとか、記憶にありませんとか、……記憶力抜群の「優秀」な官僚や財界人からはおおよそあり得ない発言が連日続いている。そもそも利害関係者から金品や接待を受けてはならないというのは、その時々の具体的な請託の有無に関係なく、長い目で見れば金品や接待を受けること自体が「贈収賄」になりうる=「頼まれごとを断れない」という前提があるからつくられたはずだ。

 ちなみに、上の船木さんの書によれば、「パンと塩は断れぬ」の裏返しで「パンと塩は食べても、真実をずばり言え」、私情のために正義を曲げてはいけない、というのもあるらしい。下心ある「歓待」で「恩」を売られても、大事なこと、曲げてはならないものがあるのだ。


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