ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

ロシア情勢 小泉悠さんの話

 軍事アナリスト小泉悠さんが、1月25日昼のテレビ朝日「 ワイド スクランブル」でロシア情勢の解説をしているのを見たが、翌1月26日のTBSラジオ荻上チキ・Session」にも出演して、いろいろと興味深い話をされていた。以下、概要をいくつか拾い上げてみる。

【音声配信】「反体制派ナワリヌイ氏の釈放をめぐり各地でデモ。盤石なプーチン政権で何が起きているのか」小泉悠×荻上チキ▼2021年1月26日(火)放送分(TBSラジオ『荻上チキ・Session』平日15時半~)

〇ロシアで1月23日、帰国直後に拘束された野党指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏の釈放を求め、ロシア各地で数万人が警察の厳重な警備を無視して集結し、3,500人以上が拘束された。プーチン政権に対する抗議集会としては過去数年で最大規模。

——ロシア当局側は数千人規模でたいしたことはないと言っているが、映像を見ると、モスクワやサンクトペテルブルクでは目抜き通りを埋め尽くすような数で、これだけの規模のデモは2011年から2012年の春にかけて下院選挙の不正疑惑に端を発するデモ以来10年ぶりのことだ。3,500人以上捕まっているということだから、実際はその10倍でもきかない、それ以上で、国民の間にかなりの反発が噴き出しているのはまちがいない。
 ロシアでは憲法上、集会結社の自由は保障されているが、実際には、無届デモをやると警察の機動隊が出てきて激しく弾圧するということが繰り返されてきた。デモに出ていくというのは、やはりみんな怖い。捕まって、場合によっては職を失ったりというリスクはあるから、そんなに気楽にデモに出ていくということはない。しかし、今回の場合は、長引く経済停滞で生活水準がずっと下がりつづけ、コロナ危機でいろいろと不満が溜まっていた。そんな中、ナヴァリヌイが非常に乱暴な形で拘束されたということがひとつ。それから、ナヴァリヌイの陣営がうまかったのは、拘束を見越したうえでプーチンがものすごい汚職をやっている、国民の税金で巨大な別荘をつくっている、そこにゲームセンターのマシーンを置いたりとか、水タバコルームをつくって豪華な生活をしているんだということを動画とウェッブサイトで訴えた。だから、単にナヴァリヌイを釈放しろというだけだったら、ここまで盛り上がらなかったと思う。ナヴァリヌイはもともと「反汚職」を訴えて表舞台に出てきた人だが、やはりこの「反汚職」ということが人々の共感を呼んだ大きな原因だと思う。

プーチン政権の支持率について

——支持率は下がった下がったと言われても一応65%前後で推移している。西側のいわゆる民主主義国家からすると、支持率は低くないということになるだろうが、プーチンは独裁者とまでは言わないが、強大な権力をふるっている「ストロングマン」であることはまちがいない。「ストロングマン」として絶対的な権力をふるうには、国民から相当な支持を得ていないといけない。強いから好き勝手できるのではなくて、国民から支持されているから強いという逆説的な面もある。そう考えると、65%前後というのは微妙なところがある。これまではプーチンについていけば我々の生活がよくなる、将来は安定しているというのがあったが、これだけ経済が悪化するとなかなかそういう見込みも立たない。という具合に、微妙な隙間風が吹いてきたというのが実情ではないか。

〇野党指導者ナワリヌイ氏の出自やバックボーン

——「野党指導者」と言われるが、ナヴァリヌイの「未来の党」という政党は議席がない。だから、野党指導者というよりも「民間の活動家」と言った方がいいんじゃないかと思う。もともとは政府の汚職をテーマに、非常に凝ったビデオクリップなどをつくり、ウェッブサイトなどでそれを暴露して政府への抗議を呼び掛けてきた人で、先ほど出てきた2011年から12年の下院選挙不正に抗議するデモの呼びかけ人でもある。今回毒を盛られる直前には、地方選挙に舞台を移して「賢い投票戦略」というのを呼び掛けていた。これは要するに、プーチン以外の党ならどこでもいいから投票しようと呼びかけ、プーチン与党の「統一ロシア」の支持基盤を切り崩していこうというもの。今のプーチン政権を倒すということで一貫して活動してきた人。

〇2020年8月の「毒盛り事件」について

——このときナヴァリヌイは地方選挙のために地方を回っていいて、移動のために飛行機に乗ったところ体調が急変し、苦しんで意識を失ってしまった。で、ロシアの病院に収容されたが、ナヴァリヌイ陣営としては、ロシアの病院ではちゃんとした治療をしてもらえず、死ぬまで放っておかれるに決まっているから、自分たちでプライヴェートジェットを呼んできてドイツの病院に収容するということをした。政権との間にさんざん駆け引きがあったが、最終的にはドイツに移送されることになり、一命をとりとめた。それで黙っていないのがこの人のすごいところで、ベリングキャットという民間の調査団体と協力して実際に自分に毒を盛った人間たちを突き止めるんですね。やったのはFSBという連邦保安庁、昔のKGB第二総局です。彼はこの工作員たちに電話をしたんですね。FSBの長官の補佐官と偽って……。7人電話をかけて6人は気づいて電話をすぐに切ったが、一人だけ気づかずにぺらぺら喋った人がいた。この人の証言によって、毒物が実はパンツ(下着)に仕込まれていたことがわかった。ナヴァリヌイが遊び心を出して「何色のパンツだったか?」と聞いたら、「確か青だったと思う」と答えてしまった。今回のデモに参加した人たちの中に、旗竿の先に青いパンツを下げている人が見えた。だから、今回は「青いパンツ」が反プーチン、ナヴァリヌイ擁護のシンボルになっている。それから、はっきりしたのは、殺す気があったということ。先の工作員にナヴァリヌイが「何で失敗したんだ、長官が知りたがっている」と言うと、「飛行機が、予定外のことに、緊急着陸してしまい、治療されてしまったから。それがなければ……」とはっきり「証言」してしまった。それからベリングキャットの調査によると、暗殺部隊が毒を仕込んだ後に上に報告をあげたが、それが最終的にはFSBの長官のところまで行っているから、政府の相当高いレベルで決定された暗殺オペレーションだったことが分ってしまった。

プーチン大統領の姿勢

——当初からプーチンはナヴァリヌイに対しては敵意むき出しで、去年の年末の記者会見でも、ナヴァリヌイの話は出ても「ナヴァリヌイ」という名前は一切に口にしないで、「あの患者」としか言わない。とるに足らない人物だという態度をとりつつも、これだけ「反汚職」「ナヴァリヌイ釈放」ということで街頭に人が出てきて、平静というわけにはいかないが、昨日(1月25日)の記者会見では、いつものごとく「この種のデモは外国に操られている」とか、「女子どもを連れてきて盾にするのはテロリストの手口ではないか」と、こうした状況を招いたことを反省する様子は一切見られない。「ナヴァリヌイというテロリストが騒乱を煽っている、皆さんはこういうことに協力すべきではない」というトーンでずっと貫かれている。

〇ナヴァリヌイ氏がロシアに戻ってきた理由と今後の見通し

——身に危険が及んでいるのは間違いない。現状では30日の拘留ということで、裁判まで拘置所に入っているということで、そこまでひどい扱いは受けていないとは思うが、今後プーチン政権側はナヴァリヌイの過去の詐欺容疑とか、いろいろな「容疑」を理由にして起訴することになるだろう。そうすると非常に長期間拘留されることもあり得る。これまでのロシアをふりかえってみても、反対(反体制)派の人物が刑務所に入れられて、持病があるのに治療をしてもらえず死んでしまうということもあったので、この先10年、20年と刑務所に入れらるということになると、どうなるかわからない。少なくとも外に向けて発信はできなくなるので、相当影響力がそがれると想像できる。他方、ドイツにいれば安全ではあっただろうが、たぶんナヴァリヌイという人は忘れられていくだろうと。彼のプーチン打倒の夢も消えてしまう。そこで、ある意味、刺し違えるつもりで帰ってきたのではないかと思う。帰ってきても、拘束されるだろうというところまでは考えていただろうし、拘束されれば国民は怒るだろうし、それと同時にプーチン汚職を暴いて、ビデオクリップやウェッブサイトを見た人が大勢集まってデモをして……と。そこまでは予測していたと思うが、その先の展望は見えてこない。だから、ナヴァリヌイ陣営が「二の矢」「三の矢」を用意しているのか、それともこれで終わりで、ナヴァリヌイが捕まって、デモもあと数カ月もすると収束していくのか、そのあたりはまだよくわからない。

〇ロシアの憲法改正プーチンの思惑

——一番大きなポイントは大統領の任期。従来のロシア憲法だと2回連続以上はやってはいけないということになっていたので、プーチンは2回やったあと一度メドヴェージェフに譲って、その後また2回という具合で、現在2回目の2回目=4期目をやっているところで、2024年にこの任期が切れる。これまでの憲法の規定だと、また1回休まないといけないが、今回の改正では、「生涯で2回しかできない」となったので、普通に考えたら、プーチンは24年で引退のはずだが、議会の審議中に付帯条項が付いて、「これまでの任期は除いて2回まで……」となった。リセットなので、2024年はまたゼロからやり直せることになり、6年の任期を2回やると2036年まで、プーチンは83歳まで大統領をできてしまう。事実上終身制の道が開かれたということ。ただ、同時に国家評議会という新しい組織をつくって、そちらに有力者を集めて内外政策を決めるとか、大統領経験者には不逮捕特権を与えるとか、終身上院議員になれるとか、どうもプーチンが大統領でなくなったあとの施策もいろいろ入っているので、おそらく、2024年にどうするかというのはまだ決めている最中で、2023年の秋くらいに情勢を見ながら決めるという腹だと思う。今度の憲法改正は、2024年の後にあらゆるオプションを開くということで、プーチンが続投することもできるし、院政をしくこともできるし、ということで。ただ、「続投」というのは完全に独裁国家と同じとみなされてしまうので、そこは本当は避けたいのだろうが、今回のように大規模デモが起きて、院政だけでは権力を保てないということになったら、「続投」を選択するかもしれない。実際、プーチンの仲間たちで旧ソ連時代に引退している者のなかに、引退後身が危なくなっている人もいるので、そうなると、自分も続投しなければならないと判断することになるかもしれない。もうひとつ、今回の改正であまり注目されなかったが、大統領になれる要件というのも変わった。これは25年以上連続してロシアに住んでいなければならないというもので、従来は10年だった。これは、人生の途中でアメリカなどに留学していると大統領にはなれないということで、まさにナヴァリヌイはこれに該当してくる。彼もアメリカに留学しているので。そういった「西側」の国に行ってリベラルな思想を持ってきた連中は大統領にはしないということも、実は地味ながら入っている。だから、何があってもリベラル派には権力を握らせない。プーチンが権力を掌握し、維持できる体制に焦点をおいた改正だったと思う。しかし、国民向けにこうした話はほとんどしてない。みなさんの年金が安定しますとか、教育がよくなりますとか、そういう話を前面に出している。実際の憲法改正の投票については、全条項一括で、賛成するか、しないかで、皆さん承認しましたね、と言って通してしまった代物で、かなりうやむやのうちに何となくいつまでもプーチンがいられるようにした、そんな印象を持っている。
 プーチンは大統領に就任して最初に書いた大統領令は、前大統領のエリツィンに対する不逮捕特権だった。プーチンの頭の中にはそれがずっとあるんだと思う。20年にわたってこれだけ強権をふるい続けてきた。その前のサンクトペテルブルク副市長をやっていたときの疑惑もいろいろある。今回ナヴァリヌイが出してきた暴露話の中にもそのサンクトペテルブルク副市長時代の汚職とかの話も含まれている。そういった過去の汚職をいろいろと暴かれて、権力を手放した後に訴追されることになったらとてももたないということで、こうしたもの(「不逮捕特権」など)を盛り込んでいるのだと思う。積極的に大統領をこのまま続けたいと思っているかどうかはわからないけれども、このまま辞めるのはあまりにも危険で、辞めたら何が起こるかわからない、というのが本当のところなのではないか。

<以下略>


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