エッセイ集。新年最初の一冊はこの本と決めていた。問われているテーマの一つ一つが重くてため息をついてしまうが、それほど「塞ぎの虫」にならないのは、著者の言う「隠れた伴走者」である小さな娘さんのおかげかもしれない。それは著者自身も同じなのだろう。
インタビューが終わると海が見たくなる。ひとりで仕事をしていたときは、ときどき海に立ち寄った。いまはただ、寝息を聞くためだけに娘のそばに横たわる。
今日聞き取った苦悩も、いつかは自分の身体ごと消えていくのだとも思う。それまではどんなことがあっても、日々は続いていくのだろうとも思う。日々が続くのならば、今日聞いたあの苦悩もまた、違った意味を持つ日もあるのだろうとも思う。
波の音やら海の音。娘の寝息は波のゆれる海を思わせる。もう少し待てば、東の空が明るくなって、たぶんもうすぐ朝が来る。
(同書 117頁)
子どもの存在は大きい。その子どもに、子どもたちに「海をあげる」ことが希望を託すことになるのかと問わざるを得ない。そこが辛い。
話の主舞台は沖縄だ。著者は沖縄に生まれ育ち、東京暮らしを経て、2014年以降沖縄に戻り、現在普天間基地の近くに住んでいるという。沖縄が抱えこまされた問題を見据えてのことらしい。
沖縄には、旅行で一度本島を訪れたことがある。戦跡を巡り、海に入ったし、ヤンバル(山原)のトレッキング(山歩き)もした。辺野古の県民投票の件でハンストを始めた方の話を読んでいたら、ガイドのKさんのことを思い出した。
小生:いやあ、昨夜は参りましたよ。普段泊まらないようなホテルだったから、カードキーを中に置いたまま部屋の外に出たらドアがオートロックされてしまって。慌ててフロントに連絡してドアを開けに来てもらったんですけど、係の人、廊下の遠くの方からニコニコしながら歩いて近づいてくるから、もう恥ずかしくって……」
Kさん:ははは、それはどうも災難でしたね。
小:ところで、沖縄のホテルって、今泊まってるところもそうだけど、西側の海岸沿いにばかり建ってますよねえ。これ、夕陽がきれいだからってことですかね?
K:まあ、それはありますよね。
小:でも何で東側の海岸沿いにはないんですかね? 地図を見ても何か見当たらないんですよね、西側のような大きなホテルが……。
K:うーん、そうですよねえ………。
小:まさか、基地とかの関係で?
K:んー、まあどうです………か、ねえ。
Kさんは口ごもってしまった。これに限らず、米軍兵士による事件・事故についても話をしたと思うが、あまり多くを語らなかったと思う。当時、沖縄県と名護市は、普天間基地の代替として辺野古への基地移設計画について受け入れの姿勢を示し、賛否の世論が鋭く対立していたはずである。旅行者が興味本位で尋ねるような話ではなかったかも知れない。
旅行から帰って、Kさんには、同行した人たちと一緒に撮った写真を送ったら、その後、何とパイナップルが送られてきて恐縮した。電話で……。
小:いやー、今日、パイナップルが届きました。身体の一部が欠けてるような写真を送ってしまって申しわけないなあと思ってたのに。ほんとにありがとうございます。
K:ああ、それねえ、女房が送ったから、私はよく知らんのですよ。ははは……。
お礼に落花生でも送るつもりが、忙しさにかまけてそのままになってしまって……。Kさん、ごめんなさい。感謝してます。
(筑摩書房 2020年10月刊 251頁)
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