ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

今井むつみ『英語独習法』

 今話題の新書。先月の18日に刊行されたばかりなのに、わずか2週間でもう品薄状態になっていて、今ネットで注文しても2,3週間待ちだという。語学(英語)の向上に熱心な人って多いんだなあと思う。認知心理学から見た学習法の提案というのに “斬新” さがあったのか?

 すでに「書評」の類もいくつか出ていて驚かされるが、中には「辛口」なのもあった。評価はできないが、「教育現場」からの声としてはありうる話と思う。

[本049] 今井『英語独習法』 | 静岡大学 教育学部 英語教育講座 亘理研究室


 小生の場合は現在ロシア語をかじっている身なので、その参考になることが書いてあるとよいなあと思って、読んでみたのだが、なかなかおもしろかった。これはおそらくその他の外国語学習にも共通することだと思うし、同時に、自分の母語(日本語)を見直すことにも通じる。

 本ブログではよく人の対談や講演の書き起こしを掲載している。起こした文を眺めてみると、だいたい日本語の文章としてはヘンなのだが、話し言葉としては、それで十分相手に通じていたりする。ただし、聴いている側が話を理解できるのは、受け身で漠然と言葉を受けているのではなく、話者が次に発するであろう「単語」をある程度予測しながら、その部分に耳を集中させているからである。だから、聞き手が、唐突に「今話し手がしゃべったことを正確に復唱してください」などと言われたら当惑してしまうだろう。「だいたいの内容は話せるけれど、一字一句外さずに「復唱」するのは無理だよー!」と(もちろん、文の長さにもよるが……)。
 この「予測」は書き起こしの作業をする側にしても同じで、話し手が次にどういう単語を話に乗せてくるかをある程度予想(期待)しながら待ち構えているところがある。たとえば、話し手が「太陽が西に……」と口にすれば、次に出てくる単語は「沈む」だろうと予想している。しかし、「日が……」と口にした場合、次に続くのは「暮れる」か「沈む」かどちらかはわからない。まさか、「下る」では、何かの比喩でもないかぎり普通の日本語としてはおかしい。ところが、「落ちる」と続けられると、予想(期待)は外れだが、別段日本語としておかしいこともない………といった具合。

 こういうのは英語にもあるようだが(共起語?)、ロシア語の動詞と目的語の関係( “語結合” )にも似たところがあって、通常の語同士の結びつきを壊して「太陽が下る」とか「日が降りる」とやってしまうと、聞き手に話は通じるにしても、何となく違和感を与えてしまう。だから、これは英語に限らず、動詞はその意味を知るだけでなく、どんな単語(名詞や副詞など)と結びつきやすいか、あるいはどんな前置詞を伴うのか、などをマスターしなければならない。これはロシア語の参考書類の中でいろいろな先生が繰り返し指摘してきたことで、今回はそれを再認識することにもなった。こういうのを瞬時に判断する個人の言語知識の体系が、著者の言う「氷山の水面下の知識」、つまり「スキーマ」なのだろう。

 ところが、すでにもっている母語の「スキーマ」が外国語の「スキーマ」形成の邪魔をする。「太陽が下る」とか「日が降りる」なら文脈上まだ理解してもらえるだろうが、「太陽へ下へ」とか「日の下す」とか言ってしまうと、相手の眼球が “斜め上” ということになりかねない。

 14のヨーロッパ系言語と日本語、中国語を独学で習得したというハンガリーロンブ・カトーさんもこう書いている。

 少なくとも一つでも外国語を習得した人ならば、誰でも、数年間の空白の後に、その外国語でしゃべらなければならない羽目に陥った時に感じる、あの感触をご存じのはずです。ギシギシと音をたてて、思考の車輪はやっとのことで回転するものの、やはりダメ、お手上げ、《知ってたはずなのに、覚えていたはずなのに、忘れちまった》というわけです。とにかく単純極まりない単語さえ浮かんでこないのです。これらの単語を押しやってしまったのはそれらに相応する母国語とは限りません。わたしの場合、その時点で読み、書き、話している言語が邪魔するのです。
米原万里訳『わたしの外国語学習法』 ちくま学芸文庫 147頁)

 
 ロンブさんの場合、この後10分か20分くらいすると、使いたい言語の「スキーマ」が正常に稼働し始めるからすごいのだが、この「スキーマ」を磨くことがポイントだ。著者の今井さんは、この「スキーマ」を磨く(深める)方法として、コーパスなどのオンラインツールの使い方を詳しく紹介・解説してくれている。英語にはこういう使えるツールが豊富にあるところがうらやましいのだが、他の外国語の学習環境も以前に比べれば格段に進んでいるので、インターネットをうまく使いこなしながら、楽しく学ぶことができそうだ。

 こういう本を読むと俄然やる気になるのだが、持久力が問題。まあ、当座やる気になったから、また再開である。

岩波新書 2020年12月刊 271頁)





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