ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

中村哲さんの一周忌に寄せて

 「カカ・ムラド」 ——「ナカムラのおじさん」。アフガニスタン中村哲さんはこう呼ばれていたという。そう思って聞くからだろうか、いい響きがする。

 アフガニスタン人道支援活動を続けてきた中村哲さんが銃撃され、運転手や護衛とともに死亡した事件から1年が過ぎた。中村さんを直に知る者ではないが、改めて追悼したい。
 むかし学校で働いている頃「世界の平均寿命」を調べていて、平均寿命が短い国々のリストにアフガニスタンの名前を見つけたことがあった(2002年 世界保健機関による)。42.6歳(日本は81.9歳)。その前後にはアフリカの国名ばかりが並んでいた。
 年譜を見ると、中村さんはその頃アフガニスタンで井戸を掘っていた。当時現地では大干ばつが起きていて、飢えと渇きで多くの子どもたちが犠牲になっていた。もともと現地で医療活動に精を出していた中村さんは「もはや病の治療どころではない」と思ったと述懐している(この後、灌漑用水路の敷設を始める)。

 統計の数字や干ばつ、飢餓といった情報から想像するアフガニスタンと、中村さんが伝えるアフガニスタンの様子のあいだには少々ズレを感じていた。それは中村さんの「贔屓目」のためばかりとは言えない。

 ……彼らの願いはただ二つ、1日3回の食事が摂(と)れること、家族一緒に故郷で暮らせること、それだけだ。用水路が開通すれば、その願いが叶(かな)えられる。だが成功しなければ、再び食うや食わずの難民生活に戻らねばならない。用水路の成否は、彼らの死活問題であった。
 09年8月の通水試験が成功裏に終わったとき、作業に従事した住民は狂喜した。その日の糧を得るために、もう卑屈になったり、物乞いしたりせずともよい。餓死の恐怖が去り、神と良心の前に胸を張って生活できる。その自由をかみしめたのだ。人々の生き伸びようとする健全な意欲こそが、用水路を成功に導いた力の一つであった。「これで生きられる!」という叫びこそが、立場を超えて、生を実感して得られる人間の輝きだと今も思っている。

(出所:【アフガンの地で 中村哲医師からの報告】花を愛し、詩を吟ずる | 中村哲医師特別サイト「一隅を照らす」-西日本新聞

 無人の砂漠を緑に変えることは、人々が「輝き」——希望と自信―—を取り戻すことでもあった。中村さんが見たかったものがこの「人間の輝き」であり、その「輝き」のあいだに自身がいることは大きな喜びであったろう。何かアフガニスタンの人々がうらやましく思えてくる。

 中村さんは自衛隊の海外派遣や安保法制をめぐっても反対の立場から「憲法9条があったから、日本人だから命が救われたという経験を何度もした」と発信していた。これに賛同する人は少なくない。たとえば、フォトジャーナリストの安田菜津紀さんは昨日12月4日付の記事で次のように書いている。

「ヒーロー」の出現を待望しないこと | Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル)

 「丸腰のボランティア」を徹底した中村哲さんは、武力に頼らず人道支援を続けていました。「だから銃撃されたのでは」という自己責任として語るのではなく、むしろ現地の方々と共にある活動を徹底し、それでも危険を伴うほどの治安状況に思いを至らせたいと思うのです。
武力と一体になることは、「中立」ではなくなり、返って身を危険にさらすのでは、として、中村さんは安保法制など、日本の動きに敏感に言葉を発していました。
 思えば私自身、取材中「どこの国から来たんだ?」とシリアから逃れてきた人々に尋ねられ、「日本だ」と答えると、歓迎されることが多々ありました。日本は攻撃を加えない国だから、と。けれども今、そんな私たちの”強み”が揺らいでいるのでは、と中村さんは警鐘を鳴らしていたように思います。
 同時に、思うのです。私たちに残された宿題とはなんだろうか、と。それは限られた「すごい人」、つまりヒーロー、ヒロインを待望しない、ということではないかと感じます。
 中村さんをはじめ、共に活動してきた方々の功績は計り知れません。だからこそ「すごい人がまた出てきて、すごいことをしてくれるように」と他人任せであっていいのだろうか、と改めて思うのです。


 昨日、アフガニスタンでつくられた中村さんの絵本「カカ・ムラド~ナカムラのおじさん」(双葉社)が発売されたという。翻訳をシンガー・ソングライターさだまさし さんが手がけたことでも注目されている。早く実物を手にしてみたいものだ。

さだまさし「感謝」中村哲氏の功績まとめた絵本翻訳 - 芸能 : 日刊スポーツ

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