ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

「人種差別のない国」 小熊英二さんの話

 『単一民族神話の起源』や『〈日本人〉の境界』などで知られる社会科学者・小熊英二さんのインタヴュー記事「「民族」を発明した国、人種差別は他人事か」を読んだ。

 中で記者が「もし日本の学生から「日本は人種差別のない国ですよね?」と聞かれたら、どう答えますか」と質問している。小熊さんが大学の先生であることから出た質問なのだろうが、こういう「能天気」なことを言う大学生……というより、一般の社会人はたぶん少なくないと思われる。小生も大昔に学校で教えていた時、生徒に「日本は差別のない国だ」式のことを感想か何かで書かれた記憶がある。しかし、本人の無自覚、無知ばかりを責めるわけにもいかない。そういうのを再生産する「社会(構造)」が頑として存続している中に我々はいるのだから。小熊さんは、その「構造」の一端を話していると思う。

 「単一民族社会」「同質社会」「団結力」——「単一……」などは事実として間違っているが、そうでない者、同調しない者を排撃するという意味では、いずれの語にも“いかがわしさ”が含まれる。

 以下、朝日新聞デジタル9月10日付の記事より部分引用する。(聞き手 塩倉裕氏)

「民族」を発明した国、人種差別は他人事か 小熊英二氏:朝日新聞デジタル


<前略>
 ――そもそも人種差別という問題は、近代の日本ではどのように考えられてきたのでしょう。
 「当時の人々は『人種差別は西洋にはあるが日本にはないものだ』と考える一方で、別の形で差別があることは知っていました」
 「人種という概念自体は明治の初めに日本に入ってきました。しかし、米国のようには使われませんでした。まず、人種という指標を使うと自らは有色の黄色人種とみなされ、西洋人より劣位に置かれてしまう問題がありました。また台湾人や朝鮮人といった人々と日本人がどう違うかを説明するにも、人種は使いにくい概念でした。同じ黄色人種だからです。そこで発明されたのが、日本語の『民族』という概念でした」

 ――新たに発明された概念だったのですか。
 「そうです。民族という言葉は、実は英語にうまく翻訳できない言葉です。漢字熟語の民族は1880~90年代、つまり明治期の中盤に日本で発明された人間の区分の仕方だったと私は見ています。人種とは別に、独自の区切り方を作ったのです」

 ――民族とは、どういう中身を持つ概念だったのですか。
 「当時は次のような特徴を持つものと考えられていました。①独立して一国をなすべき集団である②内部に分裂がない③千年単位の歴史を共有している、です」
 「英語のネーション、ドイツ語のフォルクなどと重なる部分はあります。ただ、国家を社会契約によって人工的に作るという西洋的な考えに敵対する形で作られた点などを見ると、単なる輸入概念とは言えません」

 ――なぜ発明したのでしょう。
 「国家一丸の体制を作り、外部の強敵に対抗していくためです。民族とは、当時の日本の知識人たちの危機感を映した概念でした。彼らは、日本が西洋の列強に植民地化され、国の独立を奪われることを恐れていました。外国勢力の介入を招く要因として恐れていたのが、国の内部に分裂や対立が生じることでした」
 「内部に分裂のない社会は本来ありえませんが、彼らは民族を『千年単位の歴史を共有している』集団とみなしました。天皇という存在を担保に、天皇のもとでずっと分裂なく団結し続けてきた集団というイメージを作り上げたのです。その意味で民族とは、実像というよりは理想像でした」

 ――日本は台湾を領有(1895年)、朝鮮半島を併合(1910年)しました。自らを民族と規定するその考え方は、どのような差別を生んだのでしょう。
 「答えは、民族という概念の特徴から論理的に導き出されます。つまり、分裂を引き起こしたり一丸的な体制を乱したりする者たちが差別対象になりました」

<中略>

――小熊さんは、大日本帝国は有色人による有色人の支配で、支配や差別の自覚を欠く「有色の帝国」だったと形容しています。1945年の敗戦を機に大日本帝国自体は消滅させられましたが、民族という概念の影響は残っていますか。
 「残っていると思います。差別をしているという自覚がないこと、『国のお荷物になる』とみなされた者や内部の分裂を起こすとみなされた者が差別されること、などの点においてです」
 「たとえば、生活保護を受ける人々や政府に人権侵害を抗議する人々が不当に非難されるなら、それは差別です。肌の色を基準とする米国型の人種主義とは違うかもしれません。しかし、差別のありようは社会によって違うのです」

 ――「有色の帝国」と言えば、今の中国をそう見る人もいそうです。かつての帝国だった日本と重なるところがあるでしょうか。
 「民族という言葉は当時の朝鮮や中国にも伝播(でんぱ)し、独立運動などで使われました。西洋に対して被害者意識や警戒心があること、千年単位の団結の歴史を掲げて忠誠心や標準語を強要すること、国内の人権侵害に抗議する集団を裏切り者とみなすこと、差別や支配の自覚がないことなどは、日本が発明した民族概念の特徴です。今の中国が大日本帝国と同じ道をたどらないことを望みます」

 ――日本人自らが生み出した民族という概念の呪縛を、どうしたら超えていけるでしょうか。
 「今の日本の人々は、国の独立が脅かされる危機を感じてはいないでしょう。そのため民族という日本語も、かつてほどまがまがしい言葉ではなくなりました」
 「しかし、差別があるのにその自覚がない傾向は今も強い。日本政府は国内の『民族』統計をとっておらず、日本に人種問題や民族問題は存在しないという立場をとってきました。国内の差別を直視しようとしないという点では、民族という概念の呪縛は続いているとも言えます」
 「まず、国内に差別があることを認識する。そこから始めてはどうでしょう」




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