ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

チェーホフのこと 『新版 ロシア文学案内』より

藤沼貴・小野理子・安岡治子『新版 ロシア文学案内』(岩波文庫 2000年)
 蔵書の岩波文庫を読んでいこうと思い立ち、ロシア関係のものを幾冊か読み進めている。
 これは2000年4月に刊行されたもので、現在は品切れ。金子幸彦さんの「旧版」が1961年刊で、それから40年経過しているだけに、意識して「20世紀」全体に一章があてられている。筆者は3名で、藤沼貴さんが第1章 ロシア文学のはじまり から 第3章 18世紀 まで、小野理子(みちこ)さんが第4章 19世紀 を、安岡治子さんが第5章 20世紀 を、それぞれ担当している。藤沼さんと安岡さんは、ロシア語を勉強していると目にするお名前だが、小野さんのことはよく存じ上げてなかったので、調べてみると、プラハやモスクワで日本語教師を務めた後、神戸大学で教え、女帝エカテリーナ2世に関する著作がある方だった(『女帝のロシア』、岩波新書、1994年)。
 全体的に単なる作家や作品の紹介にならないようにという配慮が感じられるが、三者三様なところはある。興味をひかれるのは、やはり19世紀。トゥルゲーネフやドストエフスキートルストイなどの巨匠が相次ぐ1860・70年代は、ロシア文学好きには「黄金期」で、それぞれおもしろいのだが、個人的にはその次の世代にあたるチェーホフ(1860-1904)に一番関心がある。ここの担当は小野さんだが、そのチェーホフ評を引用してみる。

 チェーホフは、自分の先祖が農民で、祖父の代に刻苦して自由身分を買いとり町人になったことを、隠そうとはしませんでした。しかし同時に、最高の知識人、真の意味で高貴な人間でありたいと、たゆみない努力を重ねた人でもありました。「貴族の作家たちが自然から只で得てきたものを、雑階級人は青春を代償にして購うのですね」と、彼は二四歳の時、知人への手紙に書いています。そして晩年 ―と言ってもまだ三十代の後半でしたが- 彼はそうありたいと望んだ人間に、限りなく近づいていたように思えます。チェーホフ文学に一つのキーワードを選ぶなら、それはсостраданиеサスタラダーニエ -苦しみ悩みを共にする心-だ、と言った人がいます。まことにそうでした。(278頁)

 チェーホフアゾフ海の港町の生まれで、五男一女の三男。父は雑貨商を営んでいたが商売はうまくいかなかったようだ。チェーホフ自身は働きながら自力で地元の中学校を卒業し、モスクワ大学医学部へ進学。当時家庭教師より実入りがよかった雑誌投稿によって作家活動を始め、その収入で両親と弟妹を養ったというからすごい。また、「内面分析の確かさと、数行で一幅の絵を成す力からして、貴君は真の芸術家たるべき人。才能を乱費なさらぬように」と、当時の長老作家をして、激励しつつ自制を求める手紙を書かせている。その豊かな才能を見事に開花させた彼の人生は“太く短い”ものだったが、生前の彼のことを悪く書いているものを目にしない。たとえば、ドストエフスキーギャンブル依存症だし、トルストイは女性蔑視観が抜けないし……。立派なのにそれが鼻につかない、こういう作家も珍しいと思う。




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