ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

君をなぜ総理大臣にできないのか

横浜市長選は直前予想通りの結果となった。NHKは、およそ18万票の大差をつけたと評するが、小此木票の325,947と林票の196,926を合わせると、52万票余となる。当選した山中候補の得票が506,392だから、乱暴に言えば、自民党の分裂選挙でなかったら「負け」…

「政治の責任」

当初は横浜市長選と自民党の総裁選、衆議院解散のことを知るつもりで、デモクラシータイムスを眺めていたのだが、政府のコロナ対応に関するジャーナリストの鮫島浩さんが、これまで何となくモヤモヤと感じていたことをズバリ言葉にしてくれていて、こちらの…

横浜市長選 田中康夫候補のこと

市役所に手続きに行くが、不備があって、月曜に出直すことになる。市民課、高齢者支援課、国民年金課、社会福祉課、課税課、農業委員会…。いやあ、回らなければならないところが本当にたくさんある。でも、応対する職員はみんな若いし、何よりも丁寧で親切だ…

「日本という牢獄」

葬儀明け。納骨まで終わって一区切り。葬儀に参列した方々が父親の遺影を見るとみな表情を緩めていたのが印象的だった。父親のお骨は足も腕もしっかりしていて、すんなりと骨壺に収まらないほどだった。長い間、本当に本当によく働いたと思う。安らかに休ま…

タンザニアの「感染ゼロ」

8月17日付亜留間次郎氏のTweetを見た。現下の日本政府と似たものを感じざるを得ない。 引用を許されたい。亜留間次郎 on Twitter: "皆さん、去年の5月の終わりごろから今年の7月の終わりまで一年以上も新型コロナの患者数ゼロを続けたタンザニアの公式データ…

100分de名著『戦争は女の顔をしていない』

さすがに弔問客は一段落したと思って、届け出や買い物などで外出したら、その間、意外にも来宅されていた人がいたりする。昨晩、弔問にいらした方は、留守中に2度も来宅されたと聞いて恐縮してしまった。 東京から夫婦で移住してきて10年というこの方、父親…

日本の統治システムの宿痾

朝、可燃ゴミを出しに外に出たら、雨は止んでいた。山鳩が鳴いている。 ふと、今日は、父親が病院に行く日だったことを思い出した。施設では父親との面会がままならないが、病院では落ちあえるので、楽しみにはしていた。 家のカレンダーには、あれこれ今後…

DaiGO氏と「心の災害」

「のら猫 寛兵衛」さんのブログを見ていて、メンタリストDaiGo氏なる人物の発言を知った。そういえば、この方、テレビで出演者の心理分析のようなことをしていた人だった記憶がある。ああいう人を「メンタリスト」というのかと、今日初めて知った。 問題にな…

葬儀前 合間に

お盆と重なり、お寺が一番忙しい時期に父親の葬儀をすることになった。通夜は18日と決まった。最初は早くても20日と言われていたので、これでも早くなってよかったのだが、夏場の暑い時期に葬儀まで一週間というのはちょっと長い。自宅に亡骸をいつまでも置…

父親の逝去

昨日の午前2時半頃に目が覚めた。前日にコロナワクチンを打ったせいで肩に痛みがあり、寝返りをうつのに難儀して、うまく寝付けなかった。しばらくネットでニュースを眺めることにして、程なくすると電話が鳴った。父親が心肺停止という連絡だった。慌てて病…

立川談四楼 五輪を斬る

立川談四楼さん。名前でわかる通り、故・立川談志の弟子。辛口世評は師匠譲りか。 師匠の談志は1971年、参院選挙に出馬し、当選。1期だけ議員を務めている。当時の全国区で、50人中50番目の最下位当選だったため、当選が判明したのは明け方頃だったという。…

「後の祭り」 茄子と五輪 

今朝、台風の強風が2日続いたせいで茄子が根元から折れてしまっていた。よい茄子株だっただけに残念で悔しい。隣に一本残った茄子は何とかもちこたえてくれている。葉に病気が出て、一時は枯れそうになり、背丈が伸びなかった分、こちらは風をしのげたのだろ…

「観光地図にない」平和資料館

今日8月9日。長崎の原爆の日。デモクラシータイムスで、今年の2月、長崎の小さな資料館を紹介する動画を見たことを思い出した。衝撃の「地図にない」平和資料館~加害と向き合う【デモタイ取材旅】 - YouTube 案内者(訪問者)はジャーナリストで作家の高瀬…

ラムダ株の隠蔽

今日で東京五輪も終わるが、このタイミングで重大な情報隠蔽が発覚した。 南米で猛威を振るっているとされる新型コロナ・ウィルスのラムダ株。現在日本でも感染が広がるデルタ株に匹敵(あるいは超越)する感染力があると恐れられている。一番の懸念はワクチ…

銚子商・習志野時代の追憶

これはちょっとローカルな話。 千葉県の高校野球を知るオールド・ファンには懐かしい特番が、千葉テレビで放送されていた。チバテレ開局50周年記念特別番組「野球王国千葉の礎 蘇る二強時代~銚子商・習志野~」――1960年代から70年代の千葉県の高校野球を牽…

昨日の「悪乗り」

昨日の「悪乗り」。 五輪の馬術競技の障害物。富士山とかダルマとか、デザインが話題になっているのは知っていた。「遊び心」が見る人を楽しませるというのはあるかもしれない。しかし、昨日の花札は、「悪乗り」が過ぎると思う。当方の頭が固いのかも知れな…

8月6日 の「断章」

1945年8月6日の天気図を見た。東海上から(太平洋)高気圧が張り出していて、ここ数日の天気図と似たところがある。同年8月9日の天気図では、南海上に(熱帯)低気圧があり、今日の天気図にさらに似たところがある。76年前も今日と同じで朝から晴れて暑かっ…

「トリアージ政権」 の錯乱

スガ政権が感染爆発に直面し、苦し紛れに打ち出した中等症以下の「自宅療養」方針。何と、身内(公明党・自民党)からも撤回を求められる錯乱ぶりだ。これは「国民皆保険」の放棄、「棄民」政策だと呼ぶ人もいるが、スガが政権発足時に掲げた「自助(・共助…

五輪ボランティアのこと

映像で見ると、東京五輪のボランティアはみんなTOKYO 2020の文字の入った青色のポロシャツを着ている。このユニフォームを着て縁の下の力持ちとしてオリンピックを支えている。そのことに誇りを感じていたはずだ。今はどうなのだろうか。 あるボランティアの…

「地の利」と「不公平」

オリンピックに「地の利」というのはあるのかも知れない。こんな高温多湿な悪条件で競技に臨む選手たちからすれば、こういう気候に「慣れている」ことは大きなアドバンテージだろう。しかし、ある選手は自由に練習できるのに、他の選手は練習時間さえ制約さ…

アメリカ人のテレビ離れ

暑い日が続く。夏だから当たり前なのだが、コロナの感染爆発もあり、こんな中でよくオリンピックなどする気になったなと改めて思う。特に屋外競技。選手や関係者、ボランティアの人たちは気の毒だし心配だ。トライアスロンなどは、去年から水質に問題大あり…

はぐらかし答弁

7月30日に緊急事態宣言が4府県に拡大された。記者会見に臨んだスガ首相、最近「スガ節」なる語を目にしたが、これで独演会をするにはあまりに内容が貧相で惨い。「ご飯論法」ならぬ「ヤギさん答弁」というのもあるようだが…。「やぎさん答弁」に見る菅首相の…

映画「パンケーキを毒見する」上映開始

昨日(7月30日)から上映されている映画「パンケーキを毒見する」がネットで話題になっている。アメリカでは、マイケル・ムーアが2004年に「華氏911」で当時の現職大統領のジョージ・ブッシュjr. を笑い飛ばしたことが懐かしく思い出されるが、ついに日本で…

過去の嘘 現在の嘘

むかし吉村徳蔵さんという高校の歴史の先生がいた。直接お会いしたことはないが、歴史教育者協議会という団体の副委員長を務めていたので、その筋では有名な人で、著書も何冊かある。最晩年の著作に、自身の半生を振り返った生徒向けの講演の記録があり、8月…

ゴミ箱のロールパン

「あげるとこなくなりやめた自家菜園」(さいたま 影無さん) 7月19日付毎日新聞の「万能川柳」の句。そうならないよう(?)週に1度くらいは「お裾分け」をしている。昨日野菜を届けたお宅のおかみさんは、数年前までは元気に自転車に乗って買い物もできた…

「じゅんみま」と「みまじゅん」

……NDANDANDANDANDANDAND…… これは確か、民族楽器の演奏家(…という肩書きでいいのかどうか)若林忠宏さんがどこかで聞いた話として紹介していたと思うが、上のアルファベットの連なりを「読んでみてください」と言われると、三通りの読…

1940年 幻影の東京五輪との類比

先週から始まったオリンピックは1964年の東京大会と比較されることが多い。実際、今大会の誘致に動いた人々の頭の中は、「1964年の東京大会を、もう一度」だったし、自分も何となくそう思ってきたが、時代の前後を含めれば、本当に比較すべきは、64年大会で…

時事スガ川柳 五輪編

オリンピック開催のさなか、国内にも選手村にもコロナ感染が急拡大し医療現場を逼迫させている。経験したことのない暑さに苦慮する選手も多い。東京五輪への懐疑と危機感を押し流すかのような(押し流したい?)五輪報道があふれかえっているが、そんな中で…

東京五輪の開会式のこと

東京五輪の開会式。小生は少ししか見ていないのだが、総じて評判があまり芳しくない。昨日出先で会った人は酷評していて、NHKの紅白歌合戦ばりのノリでつくられたものを見せられているような感じだと言っていた。昨夜TBSの番組「新・情報7daysニュースキ…

手を組むヒトラー 腕を組むスガ 

毎朝仏壇にご飯とお茶を供え、母親の写真を拝む。葬儀で写真が必要になったとき、母親は笑顔で写っている写真が少なかったので、探すのに苦労したが、葬儀屋さんがそれらしく仕上げてくれてありがたかった。以後、ずっとこの写真が母親の「基本的」肖像とな…