ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

辞職ドミノの向こうで

 パソコンを開くたびに「辞任」や「辞退」のニュースを目にしてうんざりさせられる。今回、開閉会式の演出担当だった小林賢太郎氏の場合は「辞任」ではなく「解任」である。過去にホロコーストを笑いの一部に取り上げたことが咎められたかたちだが、何か問答無用な感じがする。内容的には、その前の小山田氏の方がはるかに「悪質」だと思うが、その小山田氏を、組織委員会は、批判されても当初は「擁護」したのである。それに比べ、小林氏の場合、あまりに「迅速」(性急)だ。スガ首相などは「言語道断」とまで吐き捨てたが(スガもちがう意味で「言語」が「道断」されているが…)、ユダヤ人団体からの「外圧」だと、こうもちがうものかという印象は拭えない。「外」から言われる前に「内」発的に「処分」したわけでもないのに、「言語道断」など、よくそういう大上段な物言いができるものだ。

 ここにきてこの国の醜悪な面が噴出している。その象徴的人物の一人、森喜朗は、迎賓館に続き、一昨日は福島のソフトボール会場に現れ、日本対オーストラリアの試合を観戦していたようだ。組織委会長を辞任し、「深く反省」しているはずの人物である。写真を見ると、萩生田文科大臣や組織委の遠藤副会長も同席している。誰も「森さん、これはまずいですよ」とは言えないらしい。関係ないが、アベも病気を理由に総理大臣を辞めても、今やどこ吹く風である。「外(の声)」にはきゅうきゅうとするが「内」ではすべてがなあなあ――これには日本の「真髄」を見る思いだ。

【東京五輪】無観客のソフトボールを森喜朗前会長が〝観戦〟 橋本会長「視察ということ」 | 東スポのニュースに関するニュースを掲載

 しかし、同じような外国人が「すぐ近く」にもいるから驚く。来日中のコーツIOC副委員長である。

 7月22日付 AFPは次のように伝えている。

IOCコーツ氏、五輪開会式めぐり豪州首相を「どう喝」 マンスプレイニングだと批判 写真4枚 国際ニュース:AFPBB News

国際オリンピック委員会IOC)のジョン・コーツ(John Coates)副会長が、2032年夏季五輪の開催地に決まったオーストラリア・ブリスベン(Brisbane)があるクイーンズランドQueensland)州の女性州首相に対し、東京五輪の開会式に出席するよう「どう喝した」として豪国内で非難が噴出している。上から目線で女性に説教する時代遅れの「マンスプレイニング恐竜」だとやゆする声もある。

 オーストラリア・オリンピック委員会(Australian Olympic Committee)の会長でもあるコーツ氏は21日夜、2032年の五輪開催地が発表された後、東京五輪の開会式を欠席する予定のアナスタシア・パラシェ(Annastacia Palaszczuk)州首相を公の場で叱り付けた。
 腕を組んで椅子に深く座ったコーツ氏は、パラシェ氏に向かって「君は開会式に出るんだ」と言った。「私はまだ(2032年夏季五輪)招致委員会の副会長で、私が知る限り、2032年にも開会式と閉会式がある。君たち全員には、あそこで交流して伝統的な部分、開会式のなんたるかを理解してもらう」
 さらにコーツ氏は、「君たちは誰一人として部屋に残ったり隠れたりはしない、そうだな?」と続けた。

 パラシェ氏は豪政界でも地位の高い女性のひとりだが、コーツ氏の発言の間、見るからに居心地の悪そうな様子で始終黙っていた。その後の会見で、パラシェ氏は「誰の気分も害したくないので」と述べ、その場を後にした。
 オーストラリアの議員らはコーツ氏の言動を激しく批判し、謝罪を要求。辞任を求める声も出ている。
 無所属のレックス・パトリック(Rex Patrick)上院議員は、コーツ氏について「社会的にも政治的にも(時代遅れの)恐竜だ。雲の上の利己的なオリンピック・バブルの中に長く居過ぎた」とツイッターTwitter)に投稿した。
 ソーシャルメディアでも、コーツ氏がパラシェ氏を「どう喝した」などと非難が殺到している。

「マンスプレイニング」という語はよく知らなかったが、「Man(男性)」と「Explain(説明する)」を合わせた言葉で、女性を無知だと決めつけ、男性が本来必要のない説明をしたり指図したりする行為を指す、という。今回のコーツ氏の場合、これに「パワハラ」が上乗せされているが、この「マンスプレイニング」プラス「パワハラ」の体質は、森喜朗にも通じるものがある。
 森は、3月に「女性がたくさんいると会議が長くなる」、「みんなわきまえておられる」等々の女性蔑視発言(認識)から、五輪組織委会長の資質を問われ、辞任を余儀なくされたわけだが、自身の立場を「成功者」の証と自負し、自分より下位とみなす相手に尊大に振る舞う態度がありありとしている。コーツにしても森にしても、まさか、こうした体質の者でないと、IOC組織委員会に関わる仕事は務まらないということなのだろうか…。

 こうしたドタバタのせいで晴れの舞台を汚される選手たちは気の毒だ。また、その陰で、オリンピックやパラリンピックの出場を断念した人たちの想いが消されていくのを知るのも辛い。

 英国のクレー射撃の女子、アンバー・ヒル選手は、出発前の新型コロナウイルス検査で陽性反応が出たため、五輪出場をあきらめた。テコンドー女子のチリ代表選手も検査で陽性がわかり、棄権した。選手村入村後に感染が判明した例もあり、これで出場できなくなる選手が出るとすれば、「安心安全」な大会を進めるとしてきた政府、IOC、組織委らの責任は極めて重い。
 
 前回リオデジャネイロパラリンピックの競泳で三つの金メダルを獲得した盲ろうのアメリカの水泳選手、ベッカ・メイヤーズさんは、介助者の帯同が認められず、出場辞退を決めた。

 以下、7月22日付朝日新聞デジタルの記事。

https://digital.asahi.com/articles/ASP7Q2GQQP7QUHBI002.html

…「ここ数年、私は盲ろう者のベッカではなく、水泳選手のベッカとして知られてきました。水泳は私に、アイデンティティーを与えてくれました。日々、起きる目的を与えてくれたんです。米国代表として戦うことが大好きなんです」
 メイヤーズさんは17年の国際大会から、米五輪・パラリンピック委員会(USOPC)の了承を得て、介助者として母親のマリアさんを帯同してきた。前年のリオ大会で十分なサポートを得られず、選手村を歩くのも、食事をとるのも満足にできず、精神的に打ちのめされてしまったためだ。
 だが、5月初旬、USOPCから「東京大会への介助者の帯同は認められない」との知らせを受けた。
 日本で新型コロナウイルスの感染が広がる中、各国の代表団は来日する人数を絞っている。USOPCも例外ではなく、メイヤーズさんによると、東京に行く水泳選手34人に対し、介助者は1人だという。
 「私は東京に行ったことがない。まったく新しい環境で、マスクの着用が義務づけられている中、頼れる介助者の存在なしに、私が1人で移動することはほぼ不可能です」
 5年間、東京大会のために準備をしてきた。ただ、ストレスが高まり、食欲は減退し、眠りも浅くなった。USOPCと交渉を重ねたが、結局認められず、18日になって正式に辞退を伝えた。
 「胸が痛いです。言葉にはできません。障害のあるアスリートが最高峰のレベルで競うんです。安全で、自信があり、できうる限り最高の準備をしたと感じられるためには、もっと頼みの綱が必要なんです」
……
 USOPCは取材に対し、「パンデミックのために、日本に渡航できるサポートスタッフの数を大幅に減らすなど、多くの新しい課題に直面している。従来通りのサポートを受けることがかなわない選手たちを思うと胸が痛む」とする声明を出した。

 喧騒のさなかにあって、この世界のどこかにこうした想いの人がいることを忘れないようにしたい。


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利己心と五輪

 昨夜大ネズミが船から逃げ出したようだ。いやあ、呆れた。この大ネズミ、今度は腹も痛くないらしい。天皇が出席する開会式に組織委員会の「名誉最高顧問」が出なくていいんだったら、他にも「逃亡」する輩が出てくるのではないか。ひょっとしたらバッハまで「じゃあ、俺も出ない!」とか言い出しかねない。何せ、2日前に「東京五輪の開催に疑念を持っていた」などと、大会終了後でもない開幕直前のこの時期に、突然手のひら返しをするのだから。組織のトップに座っている人間たちがこれでは、末端で支えている人間はたまらない。昨日のアーレントではないが、こういう連中には「利己心」しかないのだろうか。〝インパール五輪〟という形容が誇大ではなくなっている。

安倍前首相 オリンピック開会式への出席見送り 無観客など考慮 | オリンピック・パラリンピック | NHKニュース

 それでも、来日した外国の選手やプレス関係者の中には、日本で「おもてなし」の気持ちに触れられるのではと、少しは期待があったかもしれない。しかし、それは開催地を決める投票権をもつIOCの「オリンピック貴族」に限定される話だったことがだんだんと露わになってきている。7月21日付「女性自身」の記事に、とんだ「おもてなし」の現実が書かれている。彼らには期待外れで申し訳ないような気もしてくるが…。以下、要約。

1600円ハンバーガーに相次ぐ失笑…海外記者もあ然の“おもてなし崩壊” | 女性自身

《MPC(メディア・プレス・センター)ハンバーガー。ゴムのような肉、冷たいパン、汚らしいプレゼンテーション。全部で1,600円。ジャーナリストの仲間たちよ、最初に食べよう》
 7月20日Twitterに《新たなオリンピックのスキャンダル》と題するフランス語のこの投稿。写真も添えられており、そこに写っているのはテイクアウト容器の半分を埋めるポテトと、具とバンズがバラバラになったハンバーガーなど。値段は1,600円だという。
 東京都・江東区にある「東京ビッグサイト」には報道拠点として、IBC(国際放送センター)とMPC(メインプレスセンター)が設置されているが、新型コロナの感染防止策として、五輪関係者が一般市民との接触を避ける「バブル方式」が導入されているため、食事についても、厳しい制限が設けられている。
 「来日した海外メディアは、飲食場所を大会会場内と宿泊施設に限定されています。もし宿泊施設で食事ができない場合は、コンビニで食料を購入することも例外として認められています。ただし15分以内に戻ってこなければ、取材カード(記者証)が没収されてしまう可能性も。現在、海外メディアからは“15分ルール”の撤回を求める声があがっています」(スポーツ紙記者)
 やむなく「東京ビッグサイト」内で食事を調達すると、上述のようになる。7月19日配信の東京新聞によると、MPCにある食堂の食事メニューは現在6種類。最も安い食事は1,000円のビーフカレーで、自販機のお茶がペットボトル1本(500ml)で280円と一般的なスーパーやコンビニよりも高額である。
 2013年9月の五輪招致プレゼンテーションで世界に発せられた「おもてなし」。それから約8年。五輪開幕前にゲストからクレームが飛び出すこの“おもてなし”のありさまに、ネット上で批判の声が広がっている。

《おもてなし、何処に消え失せた》
《「お・も・て・な・し」とはなんだったのか。逆にどこに行けば食えるんだよってレベルのまずそうなメシだわ。祭の屋台でもここまでひどいモノはない》
《想像以上に酷い飯だな 潤沢な予算は何処いったんだろうか》

 一方、「選手村」から「脱出」する選手団も現れた。アメリカの体操女子は選手村には入らず、外部のホテルに宿泊することを決めたという。
 7月21日付のハフポストの記事。

アメリカ女子体操チーム、選手村を「脱出」しホテル宿泊へ。「選手の安全を管理」 | ハフポスト
 
NBCによると、 コーチのセシル・ランディ氏は、7月19日にTwitterで「私たち全員で決めたことでもあります」と投稿。「オリンピックの経験にとって理想的ではないことはわかっていますが、パンデミック時には理想的なものは何もありません。ホテルであれば、選手や私たちの安全をより管理できると考えました」
アメリカ女子体操選手のうち、千葉県印西市内で事前キャンプをしていた1人の新型コロナウイルス感染が確認されている。
CBSによると、感染が確認された選手と、濃厚接触者となった別の選手の計2人は隔離されているという。
選手村では、20日までに3人の選手の新型コロナ感染が報告されている。
大会組織委員会は、NBCの取材に「個々のチームのパフォーマンスの決定についてコメントする立場にない」として、選手村からの「脱出」への見解を示さなかった。

 「ホテルであれば、選手や私たちの安全をより管理できる」というのも意味不明だが(選手村に対する嫌みか?)、感染者を出している選手団の動向について聞かれ「コメントする立場にない」と答える組織委には驚かされる。バブルはいったいどうなったのだ? 「何でもあり」ってことか?

 クーリエ・ジャポンが紹介する「ワシントン・ポスト」の記事によると、
…米体操連盟によれば、18日の検査で控え選手1人の陽性が判明した。女子体操チームはそれより3日前に日本に入国。彼女たちは19日夕方に東京の五輪選手村を訪れているが、代表選手6人はそのまま選手村にとどまらず、近隣のホテルに滞在すると、コーチがツイッターで公表した。
 しかし、この6人は選手村近くのホテルに移動するまでの数日間、事前合宿先の施設で控え選手と一緒に練習していた。米体操連盟の広報は「代表と控えはグループに分かれて」練習していたというが、選手らの写真を見れば、数メートルほどの距離を空けただけで同じ時間に練習していたことがわかる。
 宿泊先では、代表同士、控え同士がペアになり、2人で一部屋を使用していたが、陽性者が出てからは1人一室に変更された。バスでの移動時は、代表選手とそのコーチらが前方に座り、控え選手とそのコーチらは後部座席に座っていたという。

米女子体操でコロナ陽性「ワクチン接種済みだったのに…」 米紙が感染した選手について詳報 | 金メダルが期待される代表チームへの影響は? | クーリエ・ジャポン

 ここまでは、だいたい想定されたことが起きているような気がする。いったいどういう状況に至ったら中止の判断ができるのだろうか?
 アーレントが書いていたとおり、公的な事柄とはどういうものか、考えたこともない連中に、理性的な議論を期待するのは、現実的ではないし合理的でもないのだろうか?



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「泥船」の出航

 「大船」に乗ったつもりが実は「泥船」だった――いやまあ、「泥船」は言い過ぎだが、最大限好意的な表現を使ったとしても、出航前からこの船は完全に舵が壊れていると思う。

 迎賓館でバッハの歓迎会をやるなど、一部の国民からすればケンカを売られているような感じだ。しかも、そこにわざわざ森喜郎を呼ぶのである。勇退した前会長ならともかく、彼は、五輪組織委のトップとしての適性を疑われて会長を下ろされた人物である。呼ぶ方も呼ぶ方だが、呼ばれる側にも、矜持があれば、普通こういうところへノコノコと出ていかないだろう。こういう組織体だから、小山田氏の問題も世の批判を浴びるまで(浴びてもなお)適正な判断が下せなかったのだということがよくわかる。武藤事務総長などは「我々が(一人一人を)選んだわけではありません」などと、これまた、目がテンになるようなことを言い放つ。
 船が1964年製のポンコツを塗り替えたものだということくらいは薄々感じていたが、これほど骨格部の深くにまで「腐食」が進んでいたとは思わなかった。沈没を予期したのか、今や「ネズミたち」(これまた失礼!)が群れをなして船から逃げ出している。

 明日に迫った東京五輪開会式への出席を見合わせる動きが広がっている。台湾から来日予定だったオードリー・タン氏も急遽出席を取りやめた。懸命な判断だと思う。イギリスのオリンピック委員会の総裁を務めるアン王女も出席しない意向を示している。経済界でも、経団連の十倉会長、経済同友会桜田代表幹事、日本商工会議所の三村会頭の経済3団体のトップ全員が出席を見合わせるほか、五輪スポンサー企業の幹部の多くも参加しない方針だという。

 7月20日朝日新聞デジタルの記事より。

https://digital.asahi.com/articles/ASP7N6JYHP7NULFA01R.html?ref=tw_asahi

……最高位スポンサーでは、パナソニックと米P&Gが20日、経営幹部らの不参加を明らかにした。トヨタ自動車も、豊田章男社長らの不参加を前日に示したばかり。ただ、パナソニックは津賀一宏会長が大会組織委副会長の立場で出席する。
 最高位以外のスポンサーでは、キヤノンは会社幹部らの出席は取りやめるが、御手洗冨士夫会長兼社長が組織委の名誉会長として出席する。NEC富士通は首脳陣の不参加を決定。TOTOリクルート、NTT、野村ホールディングスなども出席を見合わせる。ある企業の担当者は、開催反対の声が多いことも意識したといい「無観客の中で出席して注目されたら、目も当てられない」と話す。
 五輪関連のテレビCMをめぐっては対応が割れた。トヨタはテレビCMを国内で放送しない方針だが、多くの企業は予定どおり放送する方針といい、開幕前から放送が始まったCMも多い。10日から放送が始まったアサヒビールのCMは、競技会場ではなく、テレビやパソコンの前でビールを片手に選手を応援する一幕が描かれている。
 日本航空20日、五輪向けで3機目となる特別塗装機を就航させた。機体に選手の姿や「がんばろう日本!」の文字がペイントされており、CMも継続する予定だという。

 経団連の「オリンピック・パラリンピック等推進委員会」委員長を務めているトヨタ自動車の豊田社長も開会式に出席せず、東京五輪関連のテレビCMを放送しないことを決めている。最高ランクの五輪スポンサーとはいえ、グローバル企業としては当然の判断であり、さすがトヨタ、のような評価も散見したが、当該CMの内容を知ってしまうと、単にあとで叩かれるのを避けたとしか思えない。IOCのバッハ会長をCMキャラクターとして起用するのは、企業イメージにとってマイナス効果が絶大であろう。

IOC President receives the new Mirai zero-emission hydrogen fuel cell vehicle from Toyota - YouTube

https://digital.asahi.com/articles/ASP7M4R4CP7MOIPE007.html?iref=pc_ss_date_article

 次々と下船する人が出ても、船はかまわず出航する。企業人としてはそこまでは責任がないということなのだろうか。

 ハンナ・アーレントがこんなことを書いている。

 …不幸にして、「啓蒙された利己心」という信条ほど…現実によって反駁されてきたものはない。逆に、多少の経験にほんのわずかの省察が加われば、啓蒙されることは利己心のまさに本質に反することがわかる。日常生活から例を挙げるならば、家主と借家人との今日見られる利害の葛藤がある。啓蒙された利害関心…(は)、人間が住むにふさわしい建築ということを焦点とするであろうが、しかし、その利害は、高い収益を目的とする家主の利己心とも、安い家賃を望む借家人の利己心ともおよそかけ離れている。…建物の利益となることは長い目でみるならば家主と借家人のいずれにとっても真の利益となるものであるという答は、…時間という因子を考慮に入れていない。利己心は自己に関心があるのであって、その自己は死んだり、引っ越したり、その家を売ったりする。自己の条件の変化、いいかえれば死すべきものという人間の条件のために、他のなにものでもない自己としての自己は、長期的な利害、すなわちその住人たちよりも長く生きる世界の利害という観点から考慮することはできないのである。建物の老朽化は長い年月によって起きることであるが、家賃の増大や一時的な利益の低下は今日や明日の問題である。…利己心は、「真の」利益――すなわち、自己の利益とはまったく区別されるものとしての世界の利益――に譲るように求められると、いつもこう答える。わたしのシャツはわたしに近いが、もっと近いのは私の皮膚だ、と。それは特別に理にかなっているというわけではないであろうが、しかしきわめて現実的である。…公的な事柄とはいかなるものであるかについて何も考えていない人びとに、利害にかかわる問題について非暴力的に行動し、理性的に議論するように期待するのは、現実的でもなければ理にもかなっていない。
(山田正行訳『暴力について』、みすず書房、165ー166頁。)

 為政者には長い方の「時間」を考慮してもらいたいと思うし、企業人にも利己心だけでなく「世界の利益」を考えてほしいところだ。

 ドラが鳴らされるなか、いよいよ出航直前となった「五輪丸」。「前途多難」どころではない。まっとうな判断を望む。





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